第六十三話 騎兵と歩兵

 就職活動真っ盛りの大学四年生の春。

 今度は浜松市の東側にある磐田市の企業の会社説明会にいくことになった。先日の会社もそうだったが、地方の会社は会社説明会を自社でやる事が多く、今回もご他聞にもれず自社で説明 会が行われることになっていた。


 会社の場所は磐田市内から随分南にいった、遠州灘近くにあった。

 ネッ トで会社住所を検索すると会社は主要道路沿いにあることが判明、大きな 工場を持つ会社だったので、近くにいけばわかるだろうと思い、今回は道順の下調べを行わずにいくことにした。だいたい、ここまで行くのなら一時間半くらいみればいいか・・・・・・。何度か会社訪問を行ううちに、いつの間にか地 図上の距離から時間を予想できるようになっていた。


 会社説明会当日。私は原付に跨り出発する。磐田市へは国道一号線を東へ走っ て、天竜川を渡って入る。国道一号線は大型トラックが何台も走っ ているの で、大型トラックが横を走り抜けるたびに風にあおられ、ヒヤッとする。磐田市に入ってもひたすら東進。目標の交差点を右折して、今度はひたすら南に走 る。しばらく走ると、人家がまばらになってくる・・・。

 眼前には「地平線」が広がっている。こんな大地がこんな身近 にあるなんて・・・。車はほとんど 走っていない。トラックに煽られ続け、小さくなって走ることを余儀なくされて いた国一とは大違いだ。 走っていて爽快だ! と思いつつも、本当にこんなところに会社があるのか? 道間違えたのかも・・・と小さな不安もあった。


 道を駆け続けると、スーツを着た人が何人か歩道を歩いているのがみえてき た。会社はみえてこないがどうやら間違った道を走っているわけではないよう だ。ホッとしている自分に気付いた。


 歩いている・・・ということはこの道はバス路線ではないらしい。とするとこ の人達はかなり北から歩いてきているのだろう。進むにつれて歩道 を歩いているスーツ姿の人間がどんどん増えていく。私はいつの間にか追い抜く人の数を数 えるようになっていた、人数が二桁に達すると「ごぼう抜き」という言葉が脳 裏に浮かび、騎兵が歩兵を次々になぎ倒していくようなイメージと共に気分が高 揚してきた。

 ただ、相手は向かって来るわけではないので、「三国志」の「長坂の戦い」(曹操が劉備の拠る荊州を攻めると、曹操に太刀打ちできないと判断 した劉備は南へ逃亡。その際、劉備を慕う荊州の民衆は劉備とともに南下。曹 操は劉備を騎兵をもって追撃し、劉備と共に逃げる民が巻き添えになった戦い)のような追撃戦のイメージである。そういえば、杉山正明教授というモンゴル 史の教授がいるが、教授の著作の中に、馬に乗って高い位置にいる人間は、地を歩いている人間を心理的に低くみてしまうというくだりがあったが、その気分 がなんとなく分かった気がした。


 さらに進むと前方に工場がみえてきた。目に入ってきた工場の看板をみると目 的の会社の名前ではない。その工場の横を通過すると奥に工場群が 広がっているのが見えてきた。なるほど、この人里離れた立地、その割に妙に道がしっかり 整備されていたのはここが工業団地だったからだっ たのか。


 目的の会社は工業団地の入口近くにあった。構内に入ると自転車置き場の看板 があったので、そこに原付を停める。

 説明会終了。学生達は一斉に表にでる。私が自転車置き場に入ると既に何人 かの学生がバイクを繰り出していた。私と同じく原付で来ている人 も大勢いた。


 実はこの日、私は六時からバイトがあった。会社説明会が思いのほか長くなっ てしまい、時間は既に五時十五分・・・。マズイなあ・・・。と思 いバイト先 に電話。副店長がでてくれて、とりあえず早く来てくれとの事。


 私は原付に跨りバイト先へと全速力で向かった。先ほど走ってきた「荒野の直 線」の歩道には学生の列ができていた。私は列を横目に全速力で走 り抜ける。 彼らは一時間近く歩かなければならないだろうなあと思いつつも、バイトの時間 が迫っている私には行きに感じた高揚感は全くわかず、全身が焦りに包まれて いた。


 橋を渡って浜松市内に入る。帰宅ラッシュの国一をトラックに煽られながら 走っていくよりも「掛舞線」を走っていったほうが、距離的にはバイ ト先にい くには近いなと判断し、掛舞線を走っていく。走っていて気付いたのだが、掛舞 線は片側一車線でカーブも多く、両側が市街地になっ ているので速度を出しづ らい道だというのが判明した・・・。これだったら国一を走っていたほうが早 かったかも・・・と思いつつ走った。


 結局、バイトは十五分遅れ・・・。迷惑をかけた事を詫びるも、すぐレジ入っ てくれといわれる。

 しかし、次々と歩いていく人をごぼう抜きにした「荒野の直線」の爽快さは、私にとって忘れ難い経験となった。遅刻したことはすっかり忘れて、次はどこに原付で いこうかという気分に支配されているカリウスであった。




棒