第七十話 資格の資格(原付ライダー外伝 二種免許伝7)

 月曜、朝七時・・・免許センターにむけて出発した。

 免許センターの受付が八時くらいから始まるというので、通勤渋滞を見越して早めに出発する。

 深視力・・・。これから二種免許の教習を受ける私の前に突然現れた壁。

 この壁を乗り越えることができなければ、二種免許の試験を受ける資格が得られないのだ。


 物を立体的に見る力・・・深視力。不思議なものだが、長らく立体的にモノがみえていないと逆にそれに慣れてしまい、違和感を感じなくなってしまう。むしろ、メガネ屋さんで使ったようなプリズム入りのメガネを使って見た立体的な世界に違和感を覚えてしまう。


 深視力のことをネットで調べたのだが、左右の視力が違うと深視力が衰えやすいそうだ。

 思い出せば小学生の時、左目の視力がかなり悪かったのだが右目の視力が良かったため、大学生になるまでメガネをかけなくても日常生活に支障はなかった。左右の視力が違うと、無意識のうちに視力の良いほうの目でばかり使って物を見るようになってしまい、左右の目で物を見る・・・立体的に見ることが出来なくなってしまうのだ。


 これを治すには一時流行った「3Dイラスト」を見るのが効果的だそうだ。3Dイラストといっても赤と緑のフィルムがはってある3Dメガネで 見るタイプのものではなく、イラストの上にある二つの黒い点を見つめて寄り目にすると、イラストが立体的に見えたり、イラストの中から別のイラストが浮き出てきたりするタイプのものだ。


 寄り目にするということが目の筋肉をほぐすことにつながり、寄り目にしてイラストが立体的に見えるということは、両目を使って物を立体的に見ているということなのだ。


 ということで、試験の日まで昔買った3Dイラスト本を見て、深視力を鍛えていた。勿論、免許センターに行く 時にも本を持参し、直前までトレーニングをするつもりでいた。


 八時前くらいに免許センターに到着。既に駐車場には免許の更新に来た人達がやってきている。外で待っていて も仕方ないので中に入ってみるが、まだ、照明もついていないし係の人も来ていない。仕方がないので車に戻り3Dイラスト本を見て試験に 臨む。ハッキリとは分からないが、以前よりも立体的に物が見えるようになってきたような気がする。


 そうこうしていると、どんどん車が免許センターの駐車場に入ってくる。
 そろそろ中で待ったほうがいいかなと思い、車を降りて免許センターに入る。


 センターの中は先ほどと同じく明かりもついていなければ、係員の人も来ていないが、免許更新者受付は既に行列ができている。ちなみに私は免許の更新でなく試験を受けるので試験受付列に並ぶことになる。


 もうじき八時半になろうかという時、職員の人達が次々とホールに入ってくる。職員の人達はそれぞれの持ち場 に入り明かりをつけいく。一斉に受付ホールが明るくなる。明かりがつくと同時に受付がスタートする。


 私は試験受付にて受験票を受け取り、案内を受ける。まず試験料を支払い、その後に視力検査を行ったらここの 受付に戻ってきてくれとのこと。視力検査は試験者も免許更新者も同じ所で行う。六ケ所ほど検査室があるのだが、どこも行列になっている。


 検査官は優しそうな人がいいなあと、列の後ろから検査室の中をのぞき中の検査員の人を確認する。検査室は扉 があるものの混雑を回避するために開きっぱなしになっている。いくつか部屋をのぞいていると梅ちゃん先生みたいな、優しそうな女性の検査 官が見えたので、

(よしここだ。)

と、列についた。

 しかし、なぜだ・・・ただの視力検査なら検査官が白衣を着る必要なんてないのに、なぜ白衣を着ているんだろう・・・。

 私の番になり検査室に入る。

「おねがいします。」

 挨拶をしつつ、受験票を渡す。

「二種免許ですね。通常の視力検査の次に深視力検査をおこないます。三本の線の内、真ん中の線が動いています。横の二本の線と同じ位置に真ん 中の線がきたらレバーについているボタンをおしてください。」

「わ かりました。」

 免許センターの視力検査装置は、メガネ屋さんにあったような持ち運びができるタイプのものではなく、大人が 中に入って寝そべることができるくらいの巨大な箱型の装置だ。正面には覗き穴がついていて、そこから中を覗き込んで試験をうける。部屋の奥にはメガネ屋さんにおいてあったような、持ち運びのできる深視力検査装置がおいてある。


 視力検査が始まる。まずは、通常の視力検査。モニターに表示される○の切れ目や平仮 名をこたえる。次に、色の検査。モニターに表示される赤や緑といった色を答える。


 そして、深視力検査。レバーを握る手に思わず力が入る。真ん中の線が前後に動き出す。大がかりな機械だけ あって、手動ではなく自動で線は動くようだ。先日、メガネ屋さんでやったときよりも、線の動きがハッキリわかる(気がする)。


 真ん中の線が一番手前に来た時、一番奥に行った時をまず確認し、一番奥の位置から手前に進む真ん中の線と左右の線を視界におさめ、三本の線 が横一直線に揃う瞬間を探る。

(ここだー!)

 ボタンを押す。
 今回はいけたような気がするぞ・・・。覗き穴から顔を離して検査官の顔色を伺う。

「うーーん、ちょっとズレてますね。もう一度。」

 うー、 ダメだったか、さっきのイケたと思った感じはなんだったんだろうなぁ・・・再び線が動き出す。ここだと思うところでボタンを押す。検査官の顔に目をやる。

「ちょーっと・・・、ズレてますね。一応、定位置から前後3センチまでならオッケーなんですけど・・・。今の  位置だと離れ過ぎてますね。一旦、中央の位置にあわせますので、覗いてみてください。」

 私が覗き穴に目をあてると真ん中の線が動き出す。

「まず、ここが線が揃うところです。」

 真ん中の線が前に動く。

「ここが一番手前。」

 今度は真ん中の線が後ろに動く。

「ここが一番後ろ。」

 そして、真ん中の線が中央・・・三本の線が横一列に揃うところに戻る。

「ここが中央です。それでは、もう一度動かしますね。」

 メガネ屋さんの時も思ったのだが・・・・。一定の速度で真ん中の線が動くのならば、一番後ろ、もしくは一番 手前に来た時から三本の線が横一列に揃うまでの時間をカウントすればいけるんじゃないのか? まして今回は機械。正確に時間を刻むはず・・・。


 しかし、それでは検査の意味がないような気がする・・・。今回はそれでクリアできても次回はそれでは通らな いかもしれない・・・。そう思い、正攻法で挑む・・・。

(ここだ!)

 ボタンを押す。

「あ、さっきよりはだいぶ良くなりましたね。もう一度。」

少 しずつだが、少しずつだが、見えてきている気がする・・・。再びボタンを押す。

「あ、大丈夫ですねえ。範囲に入ってます。もう2回くらい入れてみましょう。」

 イケた! 線をとらえることができてきている! ボタンをおす。

「入ってます。もう一度。」

 見える! 私にも線が見えるぞ! 揃ったと思ったところで、ボタンを押す。

「オッケーです、視力検査合格です。」

 検査官はポンポンポンと受験票に印鑑を押してくれた。試験に合格したわけではないのに、合格したかのように 嬉しいのはなぜだろう。私は検査官に御礼を言って検査室から出る。


 さてと、教習所の教官のシナリオではここで、体調が悪いと言って帰るわけだが、学科試験受けてみようかな・・・と魔が差す・・・。だが、ここで落ちたりしたら、それはそれで恥ずかしいな・・・。私は学科試験受付に行きシナリオ通り、

「ちょっと、気分が悪くなったので試験は次回にしたいんですが・・・。」

 と、 受付の人に申し出る。すると受付の人は、

「分かりました。受験票はそのまま次回使えますので、御大事にしてください。」

 と、 顔色が悪くもないであろう私を疑う様子もなく私の試験辞退をあっさり認めてくれた。

 もしかすると、私のようにとりあえず視力検査だけ受け に来て試験を辞退する人は珍しくなく、辞退の言い訳を受けて辞退を認めるのは予定調和なのかもしれない。私は気分が悪そうなていを装い免許センターを後にし、車に戻り、上司と教習所に電話をする。上司も教官も思っていた通り問題なかったなとい うリアクションだった。


 こうして、なんとか二種免許を取るための資格を得たカリウスであったが、この先にはさらなる試練が待ち受けていた・・・。





棒