裏辺研究所所長のちょっとだけ暴言・暴論 > 第39段棒

ネット上で、世の中の事象や歴史などを様々なことを解りやすく、詳しく紹介する裏辺所長。
そんな裏辺所長自身は何を考えているのか。世俗的なものから、政治・経済・歴史問題まで。
ちょっとだけ、裏辺所長が世の中をバッサリ切ります(なんて言いながら、切らないこともあります)

でも、裏辺所長の言うことを信じてはいけません。大切なのは、あなたがどう思うかです。

第39段  議論するときは詳しく丁寧に(2月6日’05)

●嫌な物は嫌だでは反論にならない

 歴史掲示板の方で苦言を呈しましたが(全く解ってもらえませんけど)、自分の意見を述べる際に、きちんと丁寧に、出来るだけ解りやすく書くというのは重要なことです。

 小泉首相にしろ、朝日新聞をはじめマスコミ一般、中国政府、北朝鮮政府、ていうか、誰でも良くやる手段ですけど、人の意見を、明確な反論をしないで「事実無根」「歪曲だ」「そちらの言いがかりだ」とバッサリ切り捨てて、もしくは曖昧な言葉で返答し、自説だけを延々と語る。延々とならまだしも、ただ単に「嫌な物は嫌なんです」みたいな書き方、つまり相手に揚げ足をとられないように明確な根拠は示さないで、結論だけ書いてしまうと言うのは、見ていて非常に不快です。一例を挙げれば以前のNHK番組改編問題で朝日新聞が「NHKの当社に対する質問には虚偽が含まれており、答える必要がないと考える」「取材方法は適切に行われた」「詳しいことは法廷で述べたい」みたいな解答では、何が真実なのか全然解らない。

 いや、北朝鮮の反論の方法を見ていると一番解りやすいですね。
 どれだけ証拠、正確なデータを持って行っても「我が国を貶めるための日本の策略だ」と言われてしまえば、どうしようもないです。

 反論しようにも「もう少し具体的に」としか言えないのですが、そうしますと逆に「貴方は私の意見に反論できていない」などと切り返され、それはもうイライラとしたやり取りがパワーアップします。それでまあ、喧嘩別れだけならまだ良し。

 ところが、別れた相手には「オレの意見を論破できなかった」として私のことが認知され、どこかでまた自説を語る際にも「今までオレの意見を論破できた人はいない」などと書かれる材料になるってのは、何だか不愉快じゃございませんか、旦那! あげくにその集大成を本にして、売り上げている連中もいるのですから、私にも本を書かせ・・・ゴホンゴホン。


 そんなわけで、世の中には色々な考え方が沢山。
 そこをまず認知した上で、「どうしたら相手に自分の意見を良く解って頂けるか」を心がけて議論し、もしかしたら違うかもと気が付いたら素直に認める、相手もそれに対して「負けを認めた」などと高圧的にならない、こうしていくと、お互いにとってプラスになりますよ、と私は是非ここをご覧の皆様に偉そうに言いたいのです。
 まあ、国VS国の争いの場合は国益のかかった駆け引きですから、そんな甘いことも言えない場合も非常にありますけどね。

●歴史の世界では・・・

 この見苦しいやり取りは、やはり戦争を語る際によく登場します。
 「Aさんが、私は従軍慰安婦だったと証言している。だから従軍慰安婦問題は存在する」「捏造だ」

 ・・・おわり。
 全く議論は先に進みません。
 どちら側も、相手の持ってきた資料を「虚偽に基づく解釈」「そもそも勝手に造られた」、もしくは「この資料を読む限りでは貴方の解釈は苦しい」などと正確なデータなどを持って行きますと「民族の誇りを奪った日本は許せない」など別次元からの答えが出てくるわけで、全然議論にならず・・・。まあ、 これに政治的な圧力なども双方にかかってきますから、さらにドロドロの争いが展開されますなぁ。嫌気がさして私は最近ではあまり戦時中のことを勉強しなくなりましたが、それもそれで「臭い物に蓋をするのか」と怒られそうですね(笑)。
 

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