
第22回〜傀儡・自然界の生命〜(10月17日’02)
自転車を走らせていたら、小さな毛虫が偶然前にいた。間一髪で回避した(と思いたい)。
帰りに今度はトカゲが飛び出してきた。慌ててハンドルを切ったのだが、踏みつけたような気がしてならない
意図的にしろ偶然にしろ、他の生命を簡単に左右できるまでになってしまったのを感じた瞬間。しかも現代は、我々の同族の生命ですら容易く操れるようになっている。見渡せば生命を操れる道具(俗に言う『凶器』、それに成り得る潜在性を秘めたもの)が氾濫し、ボタン一つで多くの生命を相手の意志とは無関係に消し去ることすら可能である。まさかと思っても、否定しようとしても、それは悲しいかな現実。
他の生命を操っている所が身近にないだろうか…ペットショップ、私はどうも、生命を金で売買するという事が好きになれない。それだけならまだしも、金という形に返られて託された生命を使い捨てのように捨てる、という感覚には、怒りを通り越して呆をせぬと言うに他ならない。我が子ですら自分の都合で簡単に生命を奪う時代である。二度と手に入れられない生命の「重み」を、再び認識してみるべきではなかろうか。
・・・と、蚊が腕に止まっていたので叩き潰した。
結局自分も自身の都合の為に他の生命を蔑ろにしているではないか、そう考えると自分って口先だけでつくづく嫌な人間だな、と思う今日此頃。