
第29回〜Being〜(7月18日’03)
現在この原稿を思案しているのは夜中の2時半前後。ちょうど大雨が降っていますです。部屋の天井の板が一枚剥がれかけていて、更に屋根の瓦が一部損壊しているらしく、強い雨が降ると天井裏に雨音が大きく響き、最悪剥がれている箇所から部屋に漏ってくるという悲惨な状態。まぁ自分一人がこんな状態だからといって他人に何か影響が有るワケではないのだが。
最近、つくづく自分は「贅沢だな」と思うようになった。それは何も金銭的に裕福なワケではない(むしろ欲しいくらいですが)し、それほどまで豊富な知識を貯えたということもない。
ひょっとすると、ただこう漠然と「生きている」だけでも、それは物凄く「贅沢」なのではなかろうか、と。生きるか死ぬか、の闘争を日々繰り返しながら生きる動物達に対し、自分達はよっぽどのことが無い限り取り合えずは何事もなく生きてゆけるのだから。
しかも、自分には数多くの選択支があったはずだ。その中から僅か一つだけを選び取り、その方向だけに進んでいけるということ、自分にとってよりよい未来を自分で選べる自体が、究極の贅沢じゃないのだろうか。
そうやって様々なifをくぐり、選んできた自分がここにいる、それだけでも十分なのに、どうしてそれ以上を望もうか。別に向上心がないとか今の自分に満足をしているワケではない。ただここに在るということを受けとめ「謙虚にあろう」と思うだけだ。
それでもほんの少しの贅沢が望めるのなら、…部屋の雨漏りどうにかして欲しいなぁ…