何故人は同族同士で殺し合うのでしょうか?
どの動物をとっても、何の意味もなく殺し合うものはいません…と、私は思っていましたが、おもしろい生物を見付げました。それは
アブラムシです、草に群れを成してつき、草の汁を吸って生きている、てんとうむしの餌になるあの小さな緑や赤色をした虫です、彼らには変わった習性があります。
天敵のてんとうむしやカゲロウが少なくなったりすると、彼らはその増殖力ゆえ、どんどん増えていきます、仮に人が一生に、アブラムシと同じ数だけの子供を産むとすると、その合計重量はなんと地球の質量に匹敵するそうです(うろ覚えなので悪しからず)、それだけの数の子供を産むんですから、増えてしまうと食べるものがなくなり、全匹餓死してしまいます。
そこで彼らは何をするか。
なんと,
集団自決をするのです。天敵に見つかりやすい位置に移動したりして数を滅らし、うまくパランスをとっているのです。この習性は,一部のネズミや鳥類などの動物にも見ることが出来ます。あるネズミ属はも数が増えすぎると,湖に飛ぴ込んで集団自殺するのです。要するに入水自殺。
これを考慮に入れると、人があのような大量殺薮兵器を開発するのにも理由があるみたいです。 人はひょっとしたら、増えすぎたのではないでしょうか? 自らの同族を殺し合うことで数を減らし、均衡を保とうという「動物の本能」で動いているのではなかろうか。そこを「理性」でカバーしようとしても無駄です。人間は元々「ヒト」という「動物」なのですから。
確かに現在、世界人ロはすでにオーバーフロー状態です、そして、今だ人ロは増え続けています。これ以上増えると業問違いなく人類はこの世から消え去るでしょう。我々がこの世に存在する限り、兵器は進歩していくのではないでしょうか、兵器がなくなるのは即ち、人類がこの世からいなくなった時なのでしょうか。
…何か最終的に,兵器の存在を肯定してるようにも思われかねない結諭に達してしまいましたが、私は思います。否定されているものを肯定的に見てみる,大切なことだろうと思うのだが、どうでしょう。
さて,兵器が争いがない世界というのをも果たして私達は目に出来るのでしょうか。>
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