裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第3話:小さな再会

  ―10分後。  
 トランシーバーの改造が終わり作動試験をしてみる。距離が近すぎてよくわからないが、妨害電波の影響は無いらしく、感度は良好だ。
「型が古い分だけシンプルな構造でな。改造は意外と楽だった。ちゃんと自動で周波数が変わるようにしておいたぞ。」
 普段はあまり仲の良い親子とは言えない関係の二人だが、手塚は父親のこのような点は素直に尊敬しようと思った。
「流石だな、親父。…じゃあ、行ってくる。トランシーバーは、念のために二つとも持って行く。親父はそこの無線機を使ってくれ。周波数を合わせるのは可能だろう ?」
 そう言って手塚は玄関へ向かっていった。
「ああ、気をつけてな…。」
 もはや無駄だと悟ったのだろうか。父親にも、彼を止める気は無いようだった。


 履き慣れた靴の紐をいつもよりキツめに結び、ドアを少しだけ開けて、夜の帳(とばり)の落ちつつある外を覗く。人影は…無い。そう確認した後、素早く外に出る。 そのときのドアは少しだけ重く感じた。 ガレージのバイクは忠実に主人の帰りを 待っていた。彼はそれにキーを回し、アクセルを噴かすことでことで応える。目覚めた鉄製の獣の咆哮は黄昏を鋭く引き裂いた。


 少し走るとまたバケモノを見かけた。しかも今度は群れている。  …いや、それは「群れている」と言うのだろうか。よく見ると、それは数体のバケモノが一体に「群がっている」状態だった。
 そう、「共喰い」…。

 比較的やわらかい大腿部は、見る影も無く喰い千切られて骨が覗き、腹部からは臓腑が引きずり出され、別の臓腑へと流れ込んでいく…。 ヒトとヒトによる喰うモノと喰われるモノの狂宴。人類が考えうるもっとも凄惨かつ、残酷な光景の一つが今、そこで行われている…。それでも彼はわずかに眉をひそめ、舌打ちをするだけだった。まるで酔っぱらいが吐いた嘔吐物でも見るかのように…。 しかし、そんなものを見れば、いやがおうにも不安は増大する。その不安はスピードになって表れる。冷静に考えれば、いくら速く走ろうとも到着までにかかる時間は殆 ど変わらないのに…。


 最後のカーブを限界のスピードと角度で曲がり亀村宅へ着いた。エンジンを切るのももどかしく、玄関へ走る。人の気配が…ない。本当ならば十人近い人間がここに滞在しているはずなのに、それらが発するはずの、人ごみ独特の空気、雰囲気、圧力…それらの感覚が無い。それでも彼はインターホンを連打し、ドアを叩き、大声を張り 上げる。自己の感覚を否定するために。
「誰か、誰かいませんか!誰か!」
 …返ってきたのは、一瞬の静寂と…悲鳴だった。
「うわあぁぁぁぁぁーッ!!」
 恐怖と驚嘆、そして絶望の入り混じった悲鳴。それは二階から聞こえてきたようだった。今すぐにでも踏み込みたいのは山々だが、如何せんドアにはカギが掛かっている ため、仕方なく塀に飛び乗り二階を覗く。窓の奥に見えたのは、やや小柄な男のうし ろ姿と、それにしがみつき、今にも歯を突きたてようとするバケモノの顔だった。

 あのうしろ姿は…川田!


 何故彼がここにいて、何故化け物に襲われているかは重要ではない。今はどうやって、彼を救うかだけが重要だった。しかし、家の中に入れない以上、方法は一つしか ない。 ここからあのバケモノを打ち抜く。それが彼の決断だった。 不安定な足元、5メートル近い距離、動く標的、10センチもズレれば逆に後輩の命を奪いかねないというプレッシャー…。不利な条件は整いすぎていた。震える手を強引に力でねじ伏せて照準を定め彼が叫ぶ。
「川田!外れたら化けて出て来い!」
 …賽は、投げられた。放たれた銃弾は空気を切り裂きながら射線を描く。その先にあったのは窓ガラスと… バケモノの眉間だった。 窓ガラスには一瞬にして蜘蛛の巣状のビビが入り、その中心の穴にはバケモノの眉間に開いた穴が重なった。バケモノの上半身が大きく後方に仰け反る。

 
 やった。
 彼は勝利を確信した。
 だが、次の瞬間、仰け反ったのと全く同じ軌道でバケモノ起き上がってきた。眉間に開いた穴からは血と脳漿が混じり合った液体が流れ出す。その動きは、先ほどより明らかに鈍くなったものの、川田への攻撃の意思は微塵も失ってはいない。


 まだだ、まだ終わっていない!

 彼は祈りを込めながら、更に二度引き金を引いた。もう二度と起き上がらないでくれ…と。

 一発目は逸れた。弾丸は川田の肩をかすめ、天井に突き刺さった。  
 二発目は命中した。弾丸はバケモノの左目を貫き脳梁に到達した。二度にわたる脳へのダメージは、バケモノからバケモノとしての意識をも奪い、そのまま、後方に倒 れこませる。 だが手塚はその瞬間を見ていない。二発目を打った時点で、彼もまたバランスを崩し 後方に倒れこんでいたから。背中を強打し衝撃が肺に伝わる。息ができない。それでも塀にすがりついて強引に起き上がった彼の目に写ったのは、ガラスが砕け落ちて枠 だけになった窓と、状況が理解できず、呆然としている川田のうしろ姿だった。
「ゴホォッ、ゴホッ、コホ…。ハァ、ハァ…。…川田!俺だ!降りて来い!」
 一通り咳き込み、息を整えた後、手塚が声を張り上げる。その声でやっと我に返った のだろう。川田が振り向き応えた。
 「先輩!?何で…。」
 さすがに現状を把握できてはいないようである。
 「いいから降りてきて、玄関のカギを開けろ!お前には聞くことがある!」
 「は、はい!」
 階段を駆け下りる音が聞こえる。
 手塚は塀を飛び越え、体が動くことを確かめる。すぐに玄関が開いて、川田が顔を出す。
 「先輩…。」
 「…よく、無事だったな。」
 手塚はそう言って川田の胸を小突いた。
 「とりあえず、そっちの部屋で待っててくれ。」
 靴を履いたまま玄関を上がりつつ手塚が指示を出す。
 「え?先輩は…?」
 「ん、止めを刺してくる。念のためにな。」
 そう言って階段を上り、先ほどの部屋に入る。
 バケモノは仰向けに倒れ、流れ出る体液は絨毯に広大な染みを作っていた。
 その痙攣と呼吸はいまだ止まる気配はない。彼は思い切り体重を乗せてバケモノの頭を踏み潰した。頭蓋骨はあっけないほどに砕け、脳が飛散する…。


棒

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