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第8話:ホトケサマ

 

  病院の地下の定番といえば、「霊安室」、「保管室」、「解剖室」の三種の神器だ。こんな田舎の病院でも、ご多分に漏れずしっかりと揃っている。一昔前、「ホルマリンプール」なるものが怪談によく登場したものだが、現在、そんなものは存在しない。遺体の保存は短期ならば単に冷蔵、長期でもホルマリン漬の上、真空パックで冷蔵といった程度で行われる。食肉とあまり変わらない。


 手塚が、自分が地下から捜索することを提案したのは、皆川ではこれらの部屋に入るのは難しいと考えたからだ。今まで見てきたモノのおかげで、かなり恐怖感覚は麻痺してきたが、それでも様々な内臓の病態モデルや解剖用の遺体が保存してある保管室や、簡易的な祭壇の前で「ホトケサマ」が仮眠している霊安室に入るのは、それなりに見慣れている手塚でもゾッとしない話である。


 しかし、そんな部屋にも連中がいないという保証はないし、そんな部屋だからこそ、この事件の手掛かりになるものが見つかるかも知れない。手塚はとりあえず、比較的に何も無さそうな解剖室のドアを押した。カギは掛かっていなかった。少し錆びた重いドアが音を立てて開く。どうやら最近は、あまり使われていないらしい。内部には、腰の高さくらいの金属製の台や、人体解剖に使われると思われる器具が入った棚などの他に変わったものは無かった。一応、棚の中を調べてみたものの、役に立ちそうなものは無かった。メスやハサミ、骨用のノコギリも武器としては心許ない。あきらめて解剖室を出ようとしたとき、手塚の頭にある疑問がよぎった。(…そういえばゾンビの体はどうなっているんだろう。それより前に何でゾンビになったんだ?原因と病態が判れば治療法もあるかもしれない…。できれば1体、バラしてみたいが…。)少し異常な知的好奇心で脳を満たしつつ、保管室へ向かう手塚だった。


 解剖用の遺体を少しの間、保存するための大型冷蔵庫のある部屋を、この病院では「保管室」と呼んでいる。名称は違っても、おそらくどの病院にも似たような設備はあるだろう。しかし、この病院ではスペース節約のためか、様々なホルマリン漬けの「資料」も保管してあるため、その不気味さは通常のものの比ではない。


 恐怖と吐き気に耐えて、一通り部屋を調べた後、手塚は冷蔵庫を調べることにした。この冷蔵庫も特殊なもので、約50センチ四方のマスで区切られた構造になっている。一般的なものでイメージするなら学校の靴箱の奥行きが長くなったものが近いかもしれない。


 そこに遺体を1体ずつ、寝た姿勢で保存するのだ。この病院では3×3のマスで区切られた、覗き窓のあるものを採用しているらしい。現在、そのうち7つが埋まっているようだ。この規模の病院では異例の多さといえるだろう。手塚はそのうちの一つを覗き込んでみた。奥に人間の頭らしいものが見える…。


 次の瞬間、すぐ近くで「バタンッ!」という大きな音がした。反射的にその方向を見ると、それは冷蔵庫の一つが開いている。そこから腐りかけた手が伸びて、冷蔵庫の縁を掴み、何かがズルリ、ズルリと這い出してきた。否、「何か」ではない。それは冷蔵されたゾンビに相違なかった。それに呼応するように、今度は「バタン、バタン!」と二度音がして、違う窓からも同じようにゾンビが出て来る。しかも、さっきまで覗いていた窓の奥からは白い目がこちらを見ていた。

「うおおおぉぉぉっっ!!」
 手塚は正面のまだ冷蔵庫内にいるゾンビに向かって零距離から発砲した。割れたガラスの内側が返り血に染まる。
そして、最初に這い出して、既に立ち上がろうとしているゾンビに1発。首から肩にかけての肉体の大半を吹き飛ばしたのはよかったが、散弾の一部がホルマリン漬のサンプルに命中してしまった。胃だか肝臓だかの内臓とともに、頭蓋骨の無い生首や、奇形胎児の死体が床に散乱する。


 さらに、冷蔵庫から半分出かかっているヤツの頭部に至近距離から1発。首から上の無い死体の出来上がりだ。しかし、最後の1体が見当たらない。首を振って左右、背後を確認したがどこにもいない。その瞬間、何かが足にしがみついてきた。まさか、真下にいたとは…。何故だか妙に腹立たしい。
「やかましい!このバケモノが!!」
 手塚はゾンビの頭を思い切り踏み潰した。
 
 あらためてその部屋を見渡すと、その光景はまさに地獄絵図だった。腐った死体は3体も転がっているし、壁や床には様々な肉片や血が飛散している。さらに、それらが発する臭気に、特有のホルマリン臭や硝煙臭が混ざり、辺りは形容しがたい悪臭で包まれていた。その状況を作った原因の一端は自分にあるとはいえ、不快感が胸を突く。手塚は、この扉は二度と開けまい、と心に決めつつ保管室を後にした。

霊安室の前まで来ると、手塚はふと考え込んでしまった。
 もしかして、この部屋に入る必要はないんじゃないか?この中にいるってことは、すでに死んだってことだし、仮に生きたまま入ったとしても、多分喰われてるだろうし…。ゾンビごときに無駄に弾薬を使うこともないかも知れん…。
 
 現に扉の奥からは「あ゛ぁ〜」とも「お゛ぅ〜」とも「うぐぅ〜」つかない呻き声に加え、何かをむさぼるような音まで聞こえる…。
 しかし、手塚の完璧主義の血がそれを許さなかった。一度始めたら、徹底的にやらないと気が済まない性格なのだ。しかも、皆川に「全ての部屋をくまなく」と言ったため、自分がそれを疎かにしては示しがつかない。なにより、最悪でも連中の死体を確認しなければ諦めることも悲しむこともできない…。しかし弾丸は惜しい…。
「ならば、白兵戦と行こうか…」
手塚は指を鳴らし、勢いよく扉を開けた。



棒

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