裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第9話:踊れ、ゾンビ

 

  その部屋の状態もまた、凄惨なものだった。ここに安置された死体の大半も、一度はゾンビ化したのだろう。約20ほどある安置台の上に乗っている死体はほとんどない。

 しかし、歩き回っている死体も3体ほどだ。他は、腕や足が取れていたり、内臓が露出したりした状態で、床に転がっている。どうやら大規模な共喰い合戦が行われたらしい。扉を開けた手塚の目の前では、それを裏付けるように1体のゾンビがもう1体のゾンビ(であったモノ)にしゃぶり付いていた。


 その頭がちょうどいい位置にあったので、手塚は先手必勝とばかりに思い切り蹴り飛ばした。ゾンビの体は大した抵抗もなく吹き飛び、仰向けに転がった。首は奇妙な角度に折れ曲がり、その体は2,3回痙攣した後、動かなくなった。その様子に気付いたのか、他のゾンビがその白い目をこちらに向けた。


 …違う!今まで出会ったゾンビは無気力で弱々しく、落ち着いて対処すれば大した恐怖は感じなかった。しかし、このゾンビからは、何か威圧感のようなものを感じる…。
ゾンビがこちらに向かってきた。…速い!これまでのゾンビはフラフラとよろめきながら歩くだけだった。しかし、このゾンビは不安定ながらも確実に走っている!顔も違う!普通のゾンビが死人よろしく、ほぼ無表情なのに比べ、コイツらは鬼の形相で迫ってくる!
「ウグオオォォォー!」
 しかも叫びやがった!それはすでに「呻き」ではなく「咆哮」と呼ぶに相応しい声だった。

 しかし、考えてみればこのゾンビが通常のゾンビに比べて戦闘力が高くても不思議はない。何しろ20体近いゾンビの中で生存競争に勝ち残ったゾンビ、言わば選び抜かれた「エリートゾンビ」なのだから…。それにしても、この顔、この声…、どこかで見聞きした覚えがあるのだが…。

 …そうだ、確かコイツら、このあたりでいきがってる不良(バカ)どもだ。生前の性格や能力はゾンビ化した後にも影響するのだろうか…。
ゾンビは3方から迫ってくる。逃げ場は…ない!手塚は彼らに背を向け、壁に向かって走り出した。
「ったく、お前らは…。」
壁の数歩手前で跳躍し、体を反転させつつ、勢いを殺しながら壁に着地する。
「死んでまで他人様に…。」
 さらに、その壁を思い切り蹴り上げ、運動の方向を逆転させる。体はさらに反転し、彼の右足がゾンビの側頭部を襲う。
「迷惑かけてんじゃねぇ!」
 足から伝わる何かが折れた感触。気持ち悪さの中にわずかな心地良さがある…。

 そして華麗に着地、とは行かなかった。勢い余った彼の体はゾンビとともに床になだれ込む。一応、受身は取ったものの、硬い床に肩を打ちつけてしまった。しかし、痛がってはいられない。あと2体のゾンビはそこまで迫っているのだ。手塚はすぐに起き上がり、安置台をゾンビに向かって投げつけた。足にキャスターのついた安置台はゾンビに向かって一直線に床を滑る。安置台はゾンビに腹部に激突したが、それでも勢いは止まず、そのままゾンビの体を壁に叩きつけた。

 残るは1体!手塚はすでに目の前まで迫ったゾンビを背負い投げでしとめようとした。投げ飛ばした後、頭を踏み潰せば簡単に止めが刺せる。ゾンビの手首をつかみ関節を極めながら懐に潜り込み、全身のバネを使って体重を腰に乗せながら腕を引く。
「ブチッ!」
 一瞬、何の音だか判らなかった。しかし、腕は確かに振り抜いたのに、腰の上にはゾンビの重みが残っている。…彼が掴んでいたのは肘から上のないゾンビの腕だった。なまじ肘関節を極めてしまったが故に、腕を引き千切ってしまったのだ。耳のすぐ後ろに生臭い吐息が当たる。背筋に冷たい電撃が走る。
「くッ、このッ、放せ、バカ!」
必死に暴れて振り解こうとするが、残った手と足でしがみつかれ簡単には離れない。そして首筋に激痛。せめてジーンズの上から噛み付いてほしかった。無理に引き剥がそうとすれば、皮膚を食いちぎられる。
「いい加減にしろ!このゲロ野郎が!!」
 手塚は懐から拳銃を取り出し、自分の頭のすぐ後ろにあるゾンビの頭にむかって発砲した。かなり無理な姿勢のため、反動で肘が軋み筋肉が痛む。それでも3発の銃弾を浴びせると、ゾンビはズルリと剥がれ落ちた。
「チッ!子泣きジジイか、貴様は…。」

 残った立ち上がることもできないゾンビの止めを刺しつつ部屋を捜索する。無論、それぞれの顔を確認することは忘れない。とりあえず、さっきの不良以外に、友人はおろか、知った顔すらないのは一応喜ぶべきことだろう。


 それらの中にひときわ目立つ死体を見つけた。「ゾンビ」ではなく「死体」である。(血に染まってはいるが)白衣を着た若い男の死体。おそらくこの病院の医師か何かで、ここでゾンビに喰い殺されたのだろう。近寄ってみると、胸に顔写真入りのネームプレートをつけていた。
「内科研修医 関根譲二」
 ネームプレートの顔はどちらかと言えば端整な顔立ちだが、今は恐怖と苦痛と死後硬直で引き攣り、見る影もない。そのネームプレートの下端にはバーコードがプリントされていた。どうやらIDカードとしても利用できるらしい。
「…何かの役に立つかも知れんな。一応もらっとくゼ、関根サン。」


 その後も部屋中を調べたものの、それ以上特に変わったものは出てこなかった。ならばこれ以上こんな部屋にいる必要はない。手塚はもはや「遺体収容所」、いや、「人体部品集積所」と化した霊安室を後にした。


 さて、地下でまだ未捜索の箇所と言えば、いくつかの倉庫とカギの掛かった「機械室」と「ポンプ室」。カギの掛かった部屋は後回しにして、倉庫を巡っていると、「MEDICAL SPRAY」いうラベルのスプレー缶を見つけた。どうやら、主にタンニンの収斂作用による止血と、冷却、その他による鎮痛を目的とした「救急スプレー」らしい。ラベルの下の方には、おそらく製造元であろう「UMBRELLA」の文字と傘をかたどった社章らしき8角形のマークがあった。

 「アンブレラ」…、どこかで聞いたことがあるな…。
 確か…、ヨーロッパを拠点とする、老舗の製薬会社だ。近年、新薬の開発が活発で、アメリカでも大きなシェアを占めていると、教授に聞いた覚えがある。しかし、薬事法の関係上、日本への製品の輸入は、あまり許可されていないはずだが…。しかも、このスプレーは本格的な処置が出来ないとき、あくまで救急に使用するものだ。病院にあるのは少し不自然な気がする…。


 まぁ、だからといって害があるわけでもないだろう。夕方から続くゾンビとの戦闘で負った傷も痛むし、霊安室で噛みつかれた箇所からは、わずかながら出血が続いている。使っておいて損はなさそうだ。負傷部に向けてスプレーを噴射すると、冷たい薬液が傷口を覆った。…なるほど、凍みる痛みが心地良い。しばらくして傷口に触れてみると、出血も痛みもほとんど消えていた。


 地下の捜索を一通り終えた手塚は、1階に戻っていた。いくつもの腐った死体が転がっているとはいえ、密閉された地下よりは居心地がいい。救急スプレーの効能か、体も幾分軽くなった気がする。さあ、1階の捜索を始めよう。1階にはこの「待合室、兼玄関ホール」の他に「受付」、それにつながった「事務室」、各科の「診察室」、「薬剤部」、そして「警備室」がある。さて、何処から捜すべきか…。
「まずは受付からかな…。」
手塚がそう判断した理由は、「受付」イコール「病院に来て、一番最初に行く場所」という先入観にすぎない。この場合どこから捜そうと、似たようなものだが…。無論、外から見ていたのでは何もわからないので、裏手のドアに回って中に入る。人影は…、無い。


 机の上を見ていると、ここ最近の「外来診察記録」を見つけた。3日前、2日前の内科と神経科への外来が異常に多いのは、原因不明の眠り病をとりあえず、そちらにまわしたからだろうが、1週間前くらいから皮膚科への外来も増えている。そして、昨日と今日の欄は…、白紙だ。


 中扉を通って事務室に入ると、事務長の机の上にパソコンが目に付いた。早速、起動ボタンを押してみる。「ウィーン…」、という微かなモーター音。起動するまでにしばらくかかりそうなので、机の引き出しを調べていると、なにやら英語でかかれた手紙のようなものが出てきた。どうも難しい単語が多くて、意味がよくわからない。


 ただ一つ、最後につづられた「from UMBRELLA」という文字と、救急スプレーにも描かれていた社章らしい8角形のマークを除いては…。

 アンブレラからの手紙をポケットに入れ、パソコンのディスプレイに目を移すと、そこには一面のスカイブルー。そろそろ起動するはずだ。これでまた、何かわかるかも知れない…。
しかし、その期待は次の瞬間、画面を占領した血のような赤色によって裏切られた。
「ホストコンピュータが起動していません。ホストコンピュータを起動してください」…。
 画面中段に並ぶ無機質な白抜きの文字列が、その理由を告げていた。



棒

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