裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第23話:タイラント

 しかし、その前に殺さねばならないヤツがいる。町長が『タイラント』と呼んだそれは、ついに円筒を殴り割った。ガラス片のシャワーが手塚を襲う(実際にガラスがどうかは不明だが)。それを防ぐためとはいえ、両の腕で顔を覆ったのはまずかった。一瞬ではあったが、視界を自らの手で全閉してしまったのだ。

 次の瞬間、タイラントは円筒から姿を消していた。明確に『いる』と分かっている敵が、どこにいるか分からないことほど恐ろしいこともない。360度全てを見渡す。それでもいない。ならば残るは…、上空?

 まさかとは思いつつ上を見上げると、今まさにタイラントが彼を目掛けて降ってくる瞬間だった。とっさに横に跳んで身をかわす。凄まじい音と共に、コンクリートに放射状の亀裂が走る。…ありえん!一発でも喰らったら終わりじゃないか!それでも体制を立て直し、ゆっくりとこちらへ歩いてくるタイラントに向けて、無我夢中で引き金を引く。しかし、その弾丸も分厚い胸板の表面に食い込むだけで特にダメージを与えた様子はない。

「クッ!」
 とりあえず走って距離をとる。間合いを詰められれば、命がいくつあっても足りない。弾を込め直してさらに5連発。警察用ニューナンブが5連装なのがもどかしい。
もう一度弾を込めなおそうと拳銃に目をやる。そのとき、視界の端でタイラントが急に動きを止めその身をかがめた。…?何だ?今ごろになって効き始めたのか?なんにしても、この隙を逃す手はない。手塚は弾を込め直した拳銃で、今度は頭に狙いを定めた。

「ウオオオオォォォォォーーー!!!」
 一度縮めた身を一気に爆発させると共に、タイラントがおぞましいほどの爆声を上げた。その衝撃波で付近のガラスは割れ、手塚の手も痺れる。そして何よりも鼓膜が張り裂けそうだ。我慢できずに照準を外して耳を塞ぐ。轟音はその後、10秒ほど続き、それが終わるころには、体の芯まで響いてしまい一種の思考停止状態に陥ってしまっていた。

 茫然自失とする手塚にタイラントが全速力で迫る。衝突するわずか手前で踏み込み、その拳がうなりを上げ、手塚の鳩尾に向かって伸びる。瞬間、我に返った手塚は反射的にその射線上に右腕を置き左手で固定し、さらに少しでもダメージを減らそうと後ろに跳んだ。直後にその巨大な拳は肘より少し先の部分に命中し、凄まじい衝撃と共に骨が軋む音がした。
(頼む!折れるな!)
 吹き飛ばされて、空中で思ったことは、ただひたすらにそれだけだった。ここで利き腕が折れてしまっては、為す術はない。

 一瞬の無重力の後、5、6メートル先のフェンスに叩きつけられて、嫌というほどに重力加速度を実感した。だが、もしこのフェンスが無ければ、彼の体ははるか下の地面に叩きつけられていただろう。そして、彼の体はゆっくりとフェンスから剥がれるように落下…しない。 タイラントが受け止めている?…いや、襟首をつかんで持ち上げているだけだ。ダメだ、逃げないと…。しかし、高く吊り上げられた状態ではどうしようもない。何より全身が痛みに支配されて動かせない。

「ウガアアアァーーー!」
…軽々と放り投げられてしまった。唯一の救いはフェンスの向こう側に投げられなかったことだろう。

 朦朧とした意識の中で、何とか受身をとることはできたが、そのために使った右腕に激痛が走る。しかし、その痛みが逆に彼の意識を覚醒させた。少なくとも受身がとれたのだから、腕も折れてはいないはずだ。近くに転がった拳銃を握り締め、それができることを確かめる。力を込めるたびに鈍痛を感じるが、やはり折れてはいない。自らの精神に鞭打って立ち上がり、再び照準を合わせようとすると、またあの下卑た笑い声が聞こえた。
「ケヒャーッヒャッヒャッヒャッヒャッ!やはりわしのタイラントは無敵じゃ!素体になった亀村とかいうヤツも、さぞ喜んでおろうなぁ!ケヒャヒャヒャヒャ!」

 …。
 今…、何て言った?亀村?馬鹿な、いくらなんでも、そんな馬鹿な…。

 一通りその情報が脳内で処理されると、手塚は殺意の形相で隠れた町長がいるであろう方向を睨みつけた。
「誰を素体にしたってェ?!このクソジジィ!!」
 おそらく、先ほどのタイラントに勝るとも劣らない怒号だっただろう。
「ケヒャヒャ?これから死ぬお前がそんなことを知って何か得があるのかのう?」
ただ単に鈍いだけか、それとも意外と肝が据わっているのか、はたまたもうすでにコワれているのか、町長は手塚の怒号におびえた様子もなく、その口調も変わらない。
「まぁ、よいわ、冥土の土産に教えてやろうかのぉ、タイラントの正体を!」

 町長は自慢げに語り始めた。なぜかタイラントも立ち止まっている。
「さっきも言ったとおり、そいつの素体になったのは亀村とか言う男じゃ。3日前にオーロラウィルスが発病して担ぎ込まれてきおった。研究者どもは、やっと使えそうな実験体が手に入ったとよろこんどったわい。その後、何をしたかは知らんが、面白かったぞ。ヨダレ、糞尿、ゲロを撒き散らしながらのた打ち回ってのォ。ケヒャヒャ、愉快じゃった。それが一段落したら、この培養液にぶち込んでやったわい。

 そこからも面白かったぞ。培養液の中で瞬く間に肉体が変化していく様子はまさに芸術じゃった。今の状態になるまで丸一日もかからんかったろうなぁ。そうやってできたのがコイツじゃ。どうじゃ、素晴らしかろう、ケヒャヒャヒャヒャ…。」
 …。現実よりもはるか遠くで町長の笑い声が聞こえる。もう、何も考えたくない。最悪の事態だ。全身から力が抜ける。どんな姿になろうとも、自分に彼を撃つことなどできるはずも無い。もう…、どうでもいい…。

 タイラントが突進してくる。いや、正しくは亀村が、か?
 とにかくもう、避ける気もしない。思い切りタックルを喰らった。弾き飛ばされて地面を転がる。しかし、痛みはない。もう感じない。倒れたままになっているのも嫌なので、一応立ち上がってみる。タイラント(亀村)は目の前にいた。どうした?殺るなら殺れよ。お前に殺されるなら、別にもういいよ。そう思っていると、またあの雄叫びを上げた。音は聞こえるが、別に五月蝿いとも感じない。

 しかし、手塚は自らの目を疑うものを見た。タイラントが、いや、亀村が哭いている?涙、それも血の涙を流している!?
 そうか…、お前もつらいよな、痛いよな、苦しいよな…。だったらその苦痛は、俺が断ち切ってやらなきゃいけないよな…。なるべく、苦しまないように殺してやるよ…。
 手塚は大きく振られたタイラントの拳を交わし、再度拳銃に弾を込めた。
苦しませないようにと、なるべく至近距離から急所をピンポイントで狙う。本来なら間合いを取るべきなのだろうが、さっきのことで確信した。今、コイツの中では本能と理性がせめぎ合っている。

 その証拠に、攻撃の直前に一瞬動きが止まるのだ。そのタイミングさえ逃さなければ、攻撃を受けることはない。タイラントの内面で必死に戦っている彼には悪いが、今はそれを利用させてもらうしか無い。
 だが、この戦法には一つ不可欠な条件がある。『タイミングさえ逃さなければ』という条件。切り返しの瞬間、わずかにバランスを崩したところを狙われてしまった。

 襟首をつかまれて宙吊りになる。しかし、今度は冷静だ。
「…ったく、お前は…。」
体をひねって反動をつける。
「死んだあとまでェ!」
右手に持った銃のグリップをこめかみに叩きつける。さらに反動は大きくなる。
「ボッキしてんじゃねェよ!!」
急所を思い切り蹴り上げてやった。
「グヴォオアアァァァァ!!」
 痛みに耐えかねたタイラントは手塚を大きく放り投げた。手塚は空中で体をひるがえし、コンクリートの床に軟着陸する。タイラントの血の涙にまみれた眼は怒りに満ちていた。しかしタイラントも満身創痍、動きも明らかに鈍くなっている。…今なら、殺れる!
「もう…、終わりにしようぜ…。今…、楽にしてやるよ…。」

 手塚は最後の手段に温存しておいたショットガンを構えた。
 タイラントも最後の力を振り絞って、例の大声攻撃を試みる。だが、それこそ彼の狙っていた好機!大口を開けたタイラントに突進する!
「うおおおおぉぉぉぁぁーーー!!」
「ウオオオオォォォ、オゴッ!?!」
完全にシンクロしていた二つの声だが、途中から有意に分離した。それはタイラントの口にショットガンの銃口がねじ込まれたことに起因する。
二人の間で、時間が、止まる。一瞬の永遠…。
「グッバイ、アミーゴ…。」
引き金は静かに引かれた。

 ショットガンの銃口は烈火を吐き、弾き出された散弾とともに、延髄を含む肉片が後方に飛散する。タイラントの体は2,3度揺れた後、重い音と大きな震動を立てて仰向けに倒れた。もう二度と立ち上がることはないだろう。その顔は鬼神の形相のままだが、どこか安らかに見えるのは、自己正当化の欲求からだろうか。とにかく、自らが殺めたその死体に対して自己流の十字を切る。最低限の『礼儀』と『弔い』、そして『伊達』。
 
 だが、感傷に浸っている暇はない。もう一人、殺さなければならない人物がいる。

 貯水タンクがあるフロアと屋上のフロアは1回転半ほどの螺旋階段で繋がっている。手塚はその階段を一段ずつゆっくりと、鈍い金属音を響かせながら昇っていく。その音は町長にとって、自らの心に打ちつけられる五寸釘の音に等しいだろう。心中を内なる怒りで満たしながらも、そういう演出は忘れない。それもこれも、全て町長への恨みによるものだ。自分が今、与えることができる全ての苦痛を与えて、彼を殺そう。彼はそれに値する罪を犯した。

 階段を昇り切っても、一瞬町長がどこにいるのか分からなかった。フロアの隅にへばりつき、螺旋階段から最も遠い位置で、これ以上無いほど小さくなって震えていたから。一度睨みつけて、見下しながら近寄っていくと、必死の形相で命乞いを始めた。
「わ、分かった。金をやる、欲しい物は何でもやる。だ、だから、命だけは…、命だけは助けてくれぇ…!」
手塚は無言で腹を蹴り上げた。
「うげェッ…!ゲボォ、ゴボォッ!…た、頼むぅ、わしが悪かった、謝るから、何でもするから…。」
そう言って、ついさっき蹴った足にしがみつこうとする。気持ち悪いのでもう一度蹴ってやった。地面に這いつくばり、咳き込む町長に向かって必要最低限の言葉をぶつける。
「知ってる事、全部喋れ。そうしたら命だけは助けてやる。」
もちろん嘘である。助けてやるつもりなど毛頭無い。
「知ってる事…、一体何の…」
…事だ?という台詞が出る前に今度は頭を踏みつける。
「この期に及んでしらばっくれるとは、いい度胸だな。こんな状況になったのには、お前も一枚噛んでるんだろ?…別にいいんだぜ、話したくなかったら。」
わざと大きな音を立てて、拳銃の撃鉄を起こす。
「ひ、ひぃっ…。分かった、話す、話すから…。」
昔から分かっていたことだが、いちいち癇に障るジジィだ。


棒
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