裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第25話:ふくれあがる災厄

「先輩…。これは…。」
手塚は台詞の終わりを待たない。
「状況の説明をしている暇は無い!いいから走れ!」
『状況の説明をしている暇は無い』…、即ち、そういう状況である事は、全員理解したようだ。
先頭に手塚、二番手に西園寺、その後ろで足を負傷している岩成に藤田が肩を貸している。最後尾には桜庭と、モップの柄を持った狭間が背中を固める。
今、気付いたが病院中の時計はカウントダウンモードに入っているようだ。走りながら見た時計に表示されているのは「8:47」の数字。この調子ならば十分間に合うだろう。そう思い、少しばかり足を緩めた瞬間、突然、彼らの走っているわずか後ろの天井が、轟音と共に抜け落ちた。

 全員が振り返り身構える。未だ晴れぬ土煙の中から鉄パイプが振り回されてきた。桜庭は寸でのところでそれを見切り、狭間はそれをモップの柄で受け止めた。幸い、廊下がそこまで広くないこともあって、威力もそれほどではなかったようだ。やがて土煙が晴れ、その中から人影が姿を現す。…いや、それは『人影』と呼ぶに耐えれるものだっただろうか。全体にヒトとしての形状は留めているものの、全身の皮膚に腫瘍が発生し、太い血管が新生している。それは巨大化した右腕で顕著だ。

 それよりも、なお彼らの目を引いたのは、右胸部に形成された巨大な眼球状組織だった。よく見れば、同じようなものが左大腿部にもある。そして、藤田と手塚には腫瘍にまみれながらもヒトの面影を残したその顔に見覚えがあった。
「まさか…、そんな…。岩本先輩…。」

 全員の間に異様な空気が停滞する…。その空気は一つの銃声によって切り裂かれた。いつの間にか、最後尾にの狭間と『G』との間に手塚が躍り出ていた。
「行け!ここは俺が抑える!」
振り回される鉄パイプを左手でとらえ、手塚が叫ぶ。
「だったら、俺も!」
不意に西園寺が前に出てきた。
「馬鹿なことを抜かすな!お前では足手まといになるだけだ!」
「先輩…、でも…。その人は…。」

 藤田はどうしても、『G』よりもその素体になった人物が気になるようだ。
「心配するな。こんなヤツに無策で挑むほど、俺も馬鹿じゃない。完璧な作戦があるんだ。…きっちり成仏させてやるよ。」
渋々ながら走り去る5人を背中で見送り手塚がため息をつく。
「…さて、どうするかな?あんなふうに言ったけど、作戦なんてあるわけないし、ショットガンは弾切れ、拳銃の弾もあと5発しかない…。なぁ…、どうしたらいいと思う?」
手塚は、かつて友人であった『G』に話し掛けてみる。当然それに対する答えは無い。ただ、低くうなり声を上げ、鉄パイプを振り回すだけだ。
「ま、三十六計逃げるにしかずってね!」

 残り少ない弾丸のうち、一発を右胸の巨大な眼球に向かって放ち、全力で走る。…振り向きざまに奇妙な光景を見た。自分は確かに、右胸を狙ったはずだ。着弾も確認した。だが、悶え苦しむ『G』は顔についているほうの目を押さえている?たった一発であそこまで苦しむのも珍しいが、何故そっちが痛いんだ?
まさか…、新しく形成された組織の神経系の連絡がうまくいっていないのか?だとしたら、付け入る隙もできるかもしれないが…。

 走って逃げていると、すぐ後ろで「ぶおんっ!」という風切り音が聞こえ、その一瞬後に首筋に冷たい風圧を感じた。その冷感は脊髄を介して全身に伝達される。…速い?!いや、自分の足が予想以上に遅くなっているのか?とにかく、ここままでは追いつかれる!手塚は体を反転させ、『G』の弱点である、巨大な眼球に、もう一発撃ち込んだ。
『G』がもがき苦しんでいる間に距離をとる。だが、こんなことを繰り返していては、すぐに追いつかれるのは必至だ。何か…、何か決定的な策が必要だ。今の自分の体力と、持っている武器で実行可能な策…。

 そのとき、手塚の目は左手側に、「高圧液化窒素ガス」と書かれた3つのボンベを捕らえた。…これだ!単純で、ベタな手段だが、これ以上成功率の高い手段は無い!ボンベを通り越して、しばらくしたところで足を止め振り返り銃を構える。『G』はもがき苦しむのを止め、鉄パイプを振り回しながら、ゆっくりこちらに歩いてくる。こちらが逃げないのを見て、観念したとでも思っているのか、その顔にはどこか余裕らしきものが見える。
「そうだ…、そのままゆっくり…、こっちへ来い…。そう…、いい子だ…。」

 ガスボンベまであと、…3m、…2m、…1m、…今だ!
 手塚の放った弾丸は正確にボンベの中腹に穿孔を開ける。圧積された空間からの突破口を得た液体窒素は白い炎となって『G』に襲い掛かる。突然の出来事に驚愕した『G』はその場で滅多矢鱈に鉄パイプを振り回す。

 やがてそのうちの1回が新たな窒素ボンベに命中し、そこからも液体の窒素が噴出してくる。やがて液体窒素はその猛烈な気化熱により、超低温の世界を創世する。『G』の両足は床に張り付き、左腕もほとんど氷付けの状態だ。

 やがて『G』は鉄パイプを床に落とし、残った右手で喉を掻きむしりはじめた。酸欠時によく見られる行動だ。窒素自体に毒性は無いが、空気が全て純粋な窒素に置換されれば、酸欠になるのは当然だろう。まして、空気と窒素の比重はさして違わない。この状況では、置換現象は特に起こりやすいはずだ。
「…悪いな。止めは刺せない…。せめて…、静かに死んでくれ。」
振り返り、時計を見ると、残り時間は6分29秒。まだ間に合う!
滑るように廊下を走り、転がるように階段を降りる。どこから湧いて出たのか知らないが、そこらじゅうにゾンビがウヨウヨしている。ほとんど全滅させたはずなのに…。
現状では全てを相手にしている余裕は無い。それらをなんとか交わしながら進む。高々3階から1階へ降りるだけの階段が異常に長く感じる。そして真っ赤な照明に染められた階段は奈落へと続く、悪魔の大口のようでもある。

 だが、この旅路は決して絶望へ続くものではない。出口まで行けば、きっとみんなが笑顔で迎えてくれる。そして、一瞬ホッとした後、急いで逃げて、残った奴らを探し出して、こんな町から逃げ出して、みんなで普通の生活に戻るんだ。何事も無い、平凡な毎日に…。だから、だから今は頑張らないと…。

 廊下の先に玄関ホールが見える。そこを曲がれば、みんなが待っている出口だ。時間も案外余裕だった。これで、ひとまず安心だ。みんなの姿が見える…。
「…セーフッ!…ハァ、ハァ。…何とか間に合ったみたいだな。」
だが、みんなの顔は浮かない。俺が、せっかく無事に脱出してきたというのに…。ん?みんな?何か…、何か足りないような気がするが…。まさかとは思うが、とりあえずそこにいる人数を数えてみる。一人、二人、三人、四人、…。
「…おい、西園寺はどうした?」
確かに西園寺がいない。何故?一番危険だった俺も含めて、みんな無事に出て来れたじゃないか…。何故、彼だけが…。
「それが…、その…。」
藤田がいかにも言いにくそうに口を開く。
「2階まで降りてきたときに、向こうからゾンビがグワァーって、いっぱい出てきたんです。かなり遠かったから、振り切れないことも無かったと思うんですけど、西園寺が『ここは俺が食い止める!!』って言ってそっちの方にバァーって走って行っちゃって…。」

 あの莫迦…!!
 手塚は、たった今来た道に向き直り、せっかく脱出した地獄の城に再突入する。
「先輩!何のつもりですか?!」
後ろから岩成が叫ぶ声が聞こえた。
「お前らはそこで待ってろ!絶対に西園寺を連れてくるから!」
玄関ホールの中心で叫び返す。
「だったら俺も!」
狭間がこちらへ来ようと、一歩踏み出す。

「ダメだ!共倒れになっては元も子もない!」
 それは手塚にも言えることだが、彼はそれ以上有無を言わさず、赤い闇へ消えていった…。
病院の完全自動閉鎖まで、残り2分弱。何もできず、ただ待たされる者にはあまりにも長く、人探しをする者にとってはあまりにも短い。1分間は実際の3分の1にも感じられれば、その数倍にも感じられる。

 …そう言えば完全に忘れていたが、皆川もあれ以来見ていない。彼のことだから大丈夫だとは思うが、どこに消えたのやら…。とにかく、今は西園寺だ。帰る時間も考えると、彼を探せる時間は実質、残り1分もないだろう。階段を駆け上がり、ゾンビをかけ分けながら2階の廊下を走る。それだけでは探しているとは到底いえないだろうが、残念ながら、部屋を一つ一つ見て回っている暇も到底無い。
「西園寺!何処だ!返事をしろ!西園寺ィー!!」
…。

 返事は無い…。聞こえてくるのは、ゾンビの呻き声だけだ。近くの時計を見ると、残り時間は40秒を回ったあたり。…限界だ!

 足に絡み付いてくる餓鬼のようなゾンビを蹴散らし、昇ってきたのとは反対側の西側階段から1階に降りる。玄関ホールに向かう廊下を走っていると、そのホールの中央に、天井から小石交じりの砂がパラパラと落ちてくるのが見えた。そう言えば、さっきからドーン、ドーンと何かを砕くような音が聞こえていたような気がする。…まさか!

 嫌な予感がして、脱出に向かうその足を一層速める。だが、嫌な予感ほど当たり、そしてその対処も無駄に終わるものである。ズゴン!という大きな音がして、目の前の天井が崩れ落ちた。あと5,6歩進んでいたら下敷きになっていただろう。その中心から、倒したはずの『G』が現れる。その右手にはすでに鉄パイプは無く、何処で拾ったのか巨大なハンマーが握られていた。その巨大なハンマーを軽々と振り回す、丸太のような右腕とは対照的に左腕は欠損している。よく見れば両足もくるぶしから下がない。液体窒素で凍って崩れ落ちたのだろうか…。

棒
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