裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第26話:西園寺の叫び

 精神の奥の方では、『G』の外見上の特徴を観察できるほど、冷静な感覚が残っているものの、浅い部分では完全にパニックに陥ってしまって、体が動かない。まるで自分が二人いるようだ…。もどかしくて仕方ない。

 『G』がハンマーを振り上げる。逃げなければならない。分かっている。それは分かっているのだが、体が反応しない。
 その時、『G』に向かって、新たな影が突進してきた。
「ゼァァアアアアーー!!」
 雄叫びを上げるその影は、『G』に何かを突き刺したようだった。急所である胸部の眼球にその『何か』を突き立てられた『G』は顔面を押さえ、奇声を上げながら悶絶する。
「バカ!何で入ってきた?!」
 手塚がその『影』に向かって怒鳴る。
「お前がボーっとしてるからだ!ボケ!」
 …そう、突進してきた『影』は他ならぬ狭間であり、『G』に突き立てられた『何か』は彼の持っていたモップの柄だった。それは、金属部分が完全の埋まるほど深く突き刺さっていた。
「チィッ!」
 数メートル先にある出入り口の自動ドアはもう閉まりかけている。二人は一目散にドアに向かって走った。ゆっくりと閉じていくドアの隙間に体を飛び込ませる。ドアが完全にその口を閉じたのは、後ろにいた手塚の足がそこを通り過ぎた一瞬後だった。

 …助かった。だが…。
「すまない…。約束を守れなかった…。奴を…、俺は…、西園寺を見殺しにしてしまった…!」
 …全員、ドアの前に立ち尽くしていた。
 やがて、閉じたドアの向こう側で黄緑色の煙のようなものが充満し始めた。これがおそらく、殺菌ガスなのだろう。そのガスを浴びた『G』の悶絶の仕方がより激しくなった。そのうち、苦し紛れにこちら側を襲ってくるかもしれない。それでも皆、その場から離れようとしない…。西園寺を待っていたのかもしれない、そして、心のどこかで、彼が助かるという希望があったのかもしれない。
 …そして、彼は来た。
彼は、先ほど手塚が通った側の廊下から現れ、全速力で玄関ホールを駆け抜け、両手で閉じられた玄関の自動ドアを叩いた。
「西園寺ッ!」
 手塚は自動ドアを叩き割ろうと拳銃のグリップの部分を自動ドアに叩き付ける。しかし、なぜか自動ドアには傷一つつかない。手塚以外にも、自動ドアを思い切り蹴るなど、他の方法を試した者もいたが、やはり自動ドアはびくともしなかった。
「頼む!助けて!ここを開けてくれ!開けろぉー!!」
 西園寺に悲痛な叫びが木霊する。聞こえてくるその声はガラスを通してくぐもり、まるで、ほの暗い水の底から聞こえてくるようにも感じられる。だが、彼らに為す術は無い。ガラスを叩く行為も、最早、型だけのものになりつつある。殺菌ガスの噴出は続き、西園寺の真後ろにまで迫っていた。
「死にたくない!死にたくない!死にだぐ…!!」
 言葉の最後の方は、赤黒い血とともに口から吐き出された。その後、彼の口から出てくるものはすでに言葉ではなく、ゴボゴボといった雑音でしかなかった。吐き出された血がガラス戸につたって落ちる。顔中の穴という穴から噴き出した血が彼を彼と認識することすら困難にする。それでも彼はガラス戸を叩くことを止めない。その手を自らが吐いた血で染め、ガラス戸の上に無数の手形を貼り付けていた…。

 手塚はその様子をじっと見ていた。特に理由は無い。ただ、スプラッター映画さながらの現実感の無い光景に目が離せなかっただけだ。だが、手塚の心は無力感と罪悪感、そして後悔の念で埋め尽くされていく。何故、彼を助けられないのか。助けられないなら、いっそこの手で楽にしてやることもできないのか。何故、こんなことになってしまったのか…。
 膨らんでいく自責の念が、目の前の現実を押し付ける。そして終焉はあっけなく訪れた。
 ガラス戸に咲いた真っ赤な華。それが西園寺の最後だった。後ろから巨大な力で頭蓋を粉砕されたのだ。脳漿や肉片とともにガラスにへばりついた血が、ゆっくりと滴り落ちる。そんなことができるモノといえば心当たりは一つしかない。
「ウガァアァァァー!!」
 糸を切られた操り人形のように崩れ落ちた西園寺の後ろから、醜い顔をさらに苦痛と血で染めた『G』が現れた。そして、『G』はさっきまで彼がしていたのと同じように素手で自動ドアを殴り始めた。

 自分たちがどんなにやっても、傷一つつかなかった強化ガラス製と思われる自動ドアが『G』の力で悲鳴を上げる。このままではいつ叩き割られても不思議は無い。
「クッ!ダメだ!逃げるぞ!」
「でも…、西園寺が…!」
「言うな!アイツは…、アイツはもう死んだんだ!」
 一番認めたくない事実を確認し、させるために断腸の思いで手塚が言う。そして、振り返った彼の目にはさらに絶望的な光景が飛び込んできた。
インターチェンジで見た黒衣の巨人が今、そこに立っている。そして、手に持った小型のバズーカ砲を振り上げ、棍棒代わりにして明らかに岩成の頭を叩き潰そうとしていた。
「チィッ!」
 手塚は反射的に岩成に跳び付く。倒れこんだ二人のすぐ後ろ、さっきまで岩成の頭があったその空間の空気が裂ける。
 …不覚!向こうに気を取られていたとは言え、こんなに近くに来られるまで気が付かないとは…!だが、これでどちらにしろ逃げざるを得なくなった。手塚は倒れたままの姿勢でふところのメスを投げつける。もちろん、あえなく払いのけられたがそこに一瞬の隙ができた。
「車に乗ったらとりあえず俺の家へ!藤田!道は分かるな!」
うなずく藤田を視界の端で確認し、岩成をかつぎ起こす。
「お前もだ!足の怪我は忘れろ!走れ!」
 そう言って尻を叩くと、岩成は全力で狭間の車へと走っていった。
 …なんだ、切羽詰まればちゃんと走れるじゃないか。



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