裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第31話:フラッシュ

 部屋を出て、今一度巨大アンテナの前にたたずむ。さて、どうしたものか…。制御パネルの起動キーを探してくるか、どうにかして手持ちのもので破壊するか…。どちらにしても時間と手間がかかりそうだ。
 考え込んでいると、後ろでドアが開く音がした。皆川かな?案外早かったな…。
 巨大アンテナを見上げたまま、手塚が尋ねる。
「なぁ、これ、どうしたらいいと思う?」
 さすがに、制御パネルの起動キーを持ってきてくれた、なんて都合のいいことはないだろうが…。
 …ん?返事がない…。そんなに愛想の悪い奴だったかな?
 
 そのとき、手塚はまだ知らなかった。背後に迫る影は、決して皆川のものなどではなかったことを…。
「ウゴアァァァー!!」
 予期しない奇声に振り返った手塚の目に入ってきたのは、ハンマーを天高くかざす「G」の姿だった。
「何ッ?!」
 悪魔の鉄槌が、正確に手塚の頭蓋骨を目掛けて振り下ろされる。手塚は半ば倒れこむように横に飛び退き、目の前まで迫った死の運命を振りほどいた。直後、重厚で硬質な破壊音が辺りに響く。コンクリートの床が砕ける音だ。その衝撃は、同時に床全体をも震動させる。身体に伝わる震動は鳥肌に姿を変え、全身の体毛を逆立てる。
「オゴオォォォー!」
 間髪入れず「G」の追撃。今度は横になぎ払ってきた。
 床を転がり、これを避ける。その反動を利用して立ち上がり、体勢を立て直す。再度振り下ろされるハンマーを避けつつ、暗闇の中で狙いを定める。わずか数メートル先の標的の姿もはっきり見えないような暗さの中では、決して容易な作業ではなかったが。

 手塚の初めての反撃は、必殺の弾丸。
 少なくとも今まで、この弾丸で打ち抜いた敵は、全て一撃で葬ってきた。今度こそこの男に、かつて友人であったこの怪物に永遠の安息を!
 炸薬を詰め込んだ弾丸は、彼が狙った「G」の右胸の巨大眼球には向かわず、腕の無い左肩に命中する。閃光が走り、肉が飛散する。その閃光で彼は見た。たった一瞬だったが、その姿を目に焼き付けるには十分な時間だった。

 「G」も今までの「G」ではない。病院で受けた高熱ガスによるものと思われる全身に及ぶ水ぶくれや腫瘍状の瘤。ケロイド状になっている部分は、一度皮膚が剥がれ落ちたことによるものだろう。さらに首は大きく左に折れ曲がり、右側の首のつけ根からは地面と垂直に新たな腕が発生している。もはや滑稽とすら言えるような、いびつな肉体をあやつり「G」は尚もハンマーを振るう。かたや、手塚と言えば、暗さで照準が合わず最初の一撃以降、命中が無い。貴重な弾丸を3発も無駄に撃ってしまった。「G」の正確な攻撃をかわし続けられているのも、運と勘によるところが大きかった。

 だが、いつまでもその運と勘が通用するわけではない。「G」のハンマーはついに手塚の腹を捉え、手塚はアンテナの前まで吹き飛ばされた。熱く酸味の利いた胃液が喉まで上がってくる。唯一の救いはアンテナに触れなかったことだろう。もし触れていれば、高圧電流により黒コゲになっていたかも知れない。

 漆黒の闇の向こうから、「G」がゆっくりとこちら側に歩いてくる。手塚はまだ、立ち上がることもできない。身体の中で唯一正常に機能する脳で考える。一体「G」は何を手掛かりに、この暗さの中でこうも正確に攻撃を繰り出してくる? 聴覚…、ではないだろう。さっきから少し、風が出てきている。自分の発する音は風切り音にかき消されているはずだ。
と言うことは、嗅覚ということも考えづらい。匂いも風に吹き消されて、攻撃目標の手掛かりとしてはあまりにも心許ない。

 まして、地面から伝わる振動を足の裏の触覚で感じ取っているわけでもないだろう。自分が叩きつけるハンマーの振動のほうがはるかに強い。

 もちろん、他の何らかの感覚器官が新生している可能性も無くはないが、その点を踏まえても、最も可能性が高いのは視覚だろう。巨大な眼球が光に対する感受性を、尋常ならざるレベルまで押し上げたものと考えられる。だが、『感受性が高い』ということは、必ずしも『優れている』ということと同義ではない。それを逆手に取ることもできる!

 手塚はポケットから町長室で見つけたカメラを取り出した。電源が入る、どうやら壊れてはいないらしい。フラッシュをONにして、レンズを「G」に向ける。
「いい男に撮ってやるよ…、くらえ!」
 一瞬だが、真昼の太陽より強い光が辺りを包んだ。
「グウワァァァァー!」
 「G」の目の巨大な虹彩が一瞬にして収縮し、大規模な縮瞳を起こす。しかし、当然ながら既に時遅く、強烈な光の刺激が形成されたばかりの視神経を伝達された後だった。この刺激はむしろ身体を走る電撃に等しい。縮瞳の後、「G」の瞳は完全に散瞳した。
「ガァ!グオゥ!ギィ!グワァ!」
 その目にはもはや何も映っておらず、滅多矢鱈にハンマーを振り回すだけだ。しかし…、これはむしろ状況は悪くなったんじゃないか…?

 「G」は一歩ずつ近づいてくる。かたや手塚はなんとか立ち上がれるまでは回復したものの、手に力が入らず銃を構えることもできない。「G」は、手塚の目の前で何かを感じたのか、思い切りハンマーを振りかぶり、渾身の力で振り下ろした。全てを諦めて目をつぶる。
 ガキィィィ…ン!
 重く、鋭い金属音。自分の頭蓋骨が潰れた音か?…違う!そんな音が聞こえるわけが無い!自分が生きていることを確かめるために目を開けると、目の前に顎が外れるほどに絶叫する「G」がいた。
「アガガガガガガガ、ア、ガ、ガ…。」

 全身が硬直してガクガクと震え、目玉が飛び出し、体の各部から、赤い血の蒸気が上がる。「G」の目測は完全に狂っており、ハンマーは見事にアンテナを直撃していた。鉄筋がひしゃげて、全体が傾いている。行き場を失った高圧電流は、「G」の体内を駆け巡っていた。
「ア、アガ、ガ…。」
 やがて声が止み、あたりに肉の焦げる匂いが立ち込める。これで…、僕も、「G」になった岩本も、やっと、一つの鎖から、解放される…。
直後、トランシーバーが何かを受信した。
「先輩!やりましたね!」
 …藤田の声だ。
「…何が?」
 まさか、「G」を倒したことを知っているわけではないだろうし…。
「何がって…、妨害電波を止めたんでしょ?明らかに弱くなったって、親父さんが言ってましたよ。」
 …そうか。アンテナがここまで破損しては、もはや電波も飛ばせまい。予定通り、というわけには行かなかったが、結果オーライなら問題ない。
「それで、外部との通信は復活したのか?」
「ええっと、それは…。どうなんです?」
 電波の向こう側で、何か話している声が聞こえる。しばらくして結論が出たようだ。
「すいません、それでもちょっと無理みたいです。やっぱり消防署の方も止めないと…。」
「そうか…。了解。なるべく早く、そっちの方も止めるよ。」
 簡単に言ってみたが、出来るかどうか分かったものではない。台詞の内容には出さないが、呼吸の荒さと、かすれる声が如実にその事を語っていた。
「先輩、何かあったんですか?あんまり無理しないで下さいね。みんなの命は先輩にかかってるんですから。」
「だったら余計に、無理しないわけには行かないだろうさ。」
 通信を終えて、倉庫でバッテリーを取ってから来た道を戻る。大分呼吸も整ってきた。

 無駄に長い廊下を歩いて、さっきの部屋に戻る。ハンター・Iが飼育されていたあの部屋だ。ドアを開けると、部屋の中で何か妙なものがウロウロしている。形はハンター・Iにそっくりなのだが、皮膚の色が毒々しいほどに青い。一瞬考えた末、結論が出た。怪しきは殺せ。銃を構えたのとほぼ同時に、向こうもこちらに気付いた。こちらより向こうの方が、思考回路が単純なだけ行動は早いらしく、振り向きざまに跳びかかり爪を振り下ろす。上手く交わしたつもりだったが、後ろが壁だったため、少しかすった。だが、いまさらこの程度の傷、大したことではない。落ち着いて撃ち込めば、素直に死んでくれた。

 部屋全体を見渡すと、最初に見たときは中身が入っていた培養カプセルが叩き割られ、空になっていた。おそらく、そこに転がっている青いハンター・Iが中身だったんだろう。最初に見たときの違和感も色の違いで説明がつく。状況から判断して、カプセルを叩き割ったのは「G」に違いない。最初から最後まで厄介なことをしてくれる奴だ。

 この部屋にもはや用はない。飼育室の中で自分の卵を見守るハンター・Iに軽く手を振り、杉田が待つ隣りの部屋に向かう。…妙に傷口が痺れるような気がするが、気にするようなものではないだろう。
「よう、お待たせ。」
 篭の中の杉田に努めて明るく声をかける。
「先輩!よかったぁ〜、ちゃんと帰ってきてくれたんですね。なんか、すごいのがそっちに向かって行ったから、心配してたんですよ。」
 すごいの、と言うと「G」のことだろう。
「ああ、あれね。まぁ、意外と何とかなったよ。ちゃんとバッテリーも見つけてきたぞ。」
 バッテリーの取り付けを終え、吊り篭を吊っているワイヤーの巻き取り機のレバーを倒した。これで動いてくれればいいけど…。

 バッテリーが古ければ、巻き取り機も古い。さび付いたドラムがギシギシと音を立てて回転し、ワイヤーを緩めていく。杉田が入った吊り篭がゆっくりと降りてくる。
「あんまり暴れるなよ、吊り篭が揺れたら危ないから。」
「は、はい!」
 やがて、吊り篭は静かに床に着いた。
「ふぅ、助かったぁ〜。先輩、早く鍵を。」
「ん、そんなもん無いぞ。」
 吊り篭の扉には、いかにも頑丈そうな錠前が掛けられていた。まぁ、鍵なんて、無ければ無いで…。
「杉田、ちょっとあっち向いて伏せてろ。」
 手塚はふところから拳銃を取り出す。
「ちょっと!何でそんな物騒なもの持ってるんですか!?しかも、伏せてろって、まさか、先輩?!」
「いいから黙ってろよ。大丈夫だから。」
 錠前の最も弱そうな溶接部分に、至近距離から狙いを定める。杉田は覚悟を決めた様子で、吊り篭の奥で小さくなり目をつぶっている。跳弾が少し怖いが…。

棒
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