裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第37話:「G」の最期

 ―数分後。
もう、何発撃ち込んだだろう…。「G」の肉体はかろうじて原形を留めているものの、醜く床に横たわり、痙攣以外の動きをしなくなっていた。恐らく、これ以上撃っても状況は変わらないものと思われる。手塚はかつて友人であった「G」に、少し名残惜しそうに背を向けた。結局ここには自分が探していたものは、何も無かったな…。樋口もいなかったし…。
けど、あのはしごを上れば地上に出れる…。もはや、鉛の柱と化している足に鞭打ち、自らの体を運ぶ。

 シュル…。
地上に出たら消防署で、もう一つの妨害電波を何とかして止めて…。そう言えばその後、どうやってこの町から脱出しよう…。

 シュルシュル…。

 ん?なんだ、この音?自分の服の布擦れの音にしては妙だが…。まさか…。
 恐る恐る背後に向きかえる。倒れた「G」の体から数え切れないほどの触手が伸びていた。

「なッ?!」
 …しまった。コイツらに常識は通用しないんだった。動かなくなる程度じゃ、いや、肉塊にするくらいでも甘かったんだ。完全にコナゴナにするか、ケシズミにするくらいじゃないと…。後悔先に立たず、である。これだけの数の触手、撃ち落とすことも避けることもできそうに無い。触手は、絶望の淵にある手塚を嬲るように空中を蠢く。鋭く尖った触手の先端が、怪しく、そして鈍く光る。そして次の瞬間、悪魔の槍は遂に放たれた。

 顔を背け、目をつぶる。どうせ避けられぬ死と苦痛ならば、その瞬間は知らぬ方がいい。
 最も来てほしくない瞬間を、覚悟して待つ。1秒、2秒、3秒…。…おかしい。自分の時間の感覚がどれだけ狂っているとしても、わずか数メートル先から放たれた触手がここに届き、自分の体を貫くまで、そんなに時間がかかるはずは無い。となれば、考えられる可能性は二つ、生か死か。即ち、自分は既に痛みを感じる暇も無く死んでいるか、何らかの理由のより「G」の攻撃が完遂されなかったか、だ。それを確かめるべく、ゆっくり目をあける…。
そこには何処かで見たような光景があった。黒衣の巨人…。もはや、その象徴である黒いコートはぼろきれのように体にからみ付いているだけだが、確かに奴の背が目の前にあった。そして、腹側では、一瞬後に手塚に向かったであろう触手の全てを受け止めていた。

 また…、守られた…。
 直後、黒衣の巨人の腕がだらりと伸び、奴のもう一つの象徴であるバズーカ砲が地面に落ちた。そのとき、一瞬だけ見えた黒衣の巨人の目…、どこか、懐かしい気がした…。黒衣の巨人の体がゆっくり宙に浮く。あの巨体を持ち上げる触手の力…、並のものでは無い。浮いた黒衣の巨人の体が一瞬宙を舞い、そして岩の壁に叩きつけられた。大きな痙攣と同時に大量の血が口から噴き出す。直後、触手がたくし上げられ、黒衣の巨人の体が、もはや触手の塊になった「G」に吸い寄せられた。しかも、あれだけ撃ち込んだはずの「G」が、今にも立ち上がろうとしている。触手は新たに黒衣の巨人の絡みつく。骨が砕ける音と、内臓がはみ出す音。それでも黒衣の巨人は「G」の体を掴んで離さなかった。その動きを封じるように。足元には、黒衣の巨人が落としたバズーカ砲が落ちている。しかも、今、黒衣の巨人も「G」も動くことができない。

 …チャンス。今なら、「G」と黒衣の巨人、両方一度に始末できる。これで木っ端微塵にしてしまえば、もう立ちふさがることも無いだろう。バズーカ砲を拾い、「G」と黒衣の巨人が絡み合ったモノに照準を定める。そして引き金を…引けない。そこに居るのは、「G」であり、黒衣の巨人だ。確かに、「G」の素体になったのは僕の友人だし、黒衣の巨人にも、何か感じるものがある。だが、今の奴らはまぎれも無く、僕の敵。なのに、あふれてくる、この涙はなぜだろう…。涙で霞む視界の向こうで触手が蠢く。黒衣の巨人の骨が折れる音が響く。

 もはやほとんど動かなくなった黒衣の巨人。それに割く必要が無くなったと判断したのか、触手の一部がこちらに向かってくる。…そうだ、殺らなければ殺られる。最初から判っていたことだ。そして死ぬのは僕だけでは無い。卑しくも今、僕は、自分以外の命も預かっているんだ。ならば、多少の業は背負わねばなるまい。それがどんなに、心の枷になろうとも。
「畜生ーッ!!」
 震える指で引いた引き金は、今まで持ったどんなものよりも重かった。
 こちらに向かって伸びてくる触手を切り裂きながら、弾丸は進む。そして、その中心に着弾、さらに爆散。ビリビリとした空気の振動に一瞬遅れて、地下空間全体が揺れる。最後に届いたのは彼らの肉片。汚いとも気持ち悪いとも思わない。手塚はそれを、ただ絶望の表情で受け止めた。これで終わったと信じたい、そして祈りたい。もはや何処から何処までが「G」で、何処から何処までが黒衣の巨人だったか判らなくなった肉の塊に背を向けて、はしごを上る。見取り図の上ではこの先は地上につながっているはずだが、空が見えないのはなぜだろう…。

 はしごを上り切って、床に足をつける。真っ暗だが、そこが屋外でないことくらいは分かる。
 そして、誰かが暗闇に紛れて息を潜めていることも。
 手塚はあえてそれには気付かない振りをしながら、何か明かりになるものを探した。


棒
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