裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

最終話:そして・・・

 「…分かりました。私達も少々悪ふざけが過ぎたようですね。申し訳無い。では、その条件ですが…。先に、手塚サンが私共に協力して頂いた場合の事をお話しましょうか…。」
 その条件は、破格と呼ぶに相応しいものだった。
「まず、貴方以外のこの事件に直接的に関わった方、つまり、貴方のご友人とご家族ですね、その方々の身の安全を保障します。この事件に関わってしまったことで、我々とは別の組織に狙われることもあるかも知れませんが、それらからも全力を以ってお守りします。お母様に関しても直ぐに意識が戻られるよう処置します。ただ…、あなた自身に関しては、我々の仕事の特殊性から安全は保障できません。その代わりといってはなんですが、お望みの物があれば、何なりと用意しましょう。何なりとね…。」

 そこの部分を強調するということは、本当に何でも用意しちゃうんだろうなぁ…、コイツら…。
「じゃあ、あえて訊くけど、僕がその条件を呑まないと言ったら?」
 逃げられないと知って、なお彼の目は鋭さを失わない。また、そんな点も彼らの好むところなのだろう。
「死んで頂きます、と言いたい所ですが、ただ単に死んで頂くのでは芸が無い。お友達もご家族も皆殺しです。別に一人ずつ殺すなど、野暮な真似はしません。貴方には『喜んで』我々の仲間に入っていただきたいのですから。」

 all or nothing…。
 自分の意地と信念を守って全てを失うか、
 それともそれ以外の全てを手に入れるか…。

 やはり選択肢は一つしかなかった。
「…分かったよ。その条件、呑もうじゃないか。僕は『喜んで』君達の仲間になる。それで良いんだろう?」
目の奥に暗い光と、口元に微かな笑いを携えて彼は言った。
「手塚さん、そんなのって…。」
「良いんだ…。物事はプラスに考えよう。どんな仕事をするにしたって、己を殺さねばならんこともあるし、時にそこには危険も伴う。それに、欲しいものは何でも手に入るんだぞ、このチャンス、逃すわけにはいかんだろう。」
 興奮する樋口を手塚がなだめる。
「手塚サン、賢明な判断です。これで私も、コイツを使って貴方を殺さずに済んだ…。」

 男がふところから、金属の塊を取り出す。テーブルの上に置かれたそれは、鈍い音と光沢を示した。
 これは…、ジャイロジェットカスタム…。僕があのときに使っていた銃だが、何故ここに?
「これは貴方のものです。貴方は初めて扱うはずのこの銃をいとも簡単に組み立て、そして使いこなしてしまった。ロケット式という、特異な性質を持った銃にもかかわらず。そして貴方がここに運び込まれたとき、この銃はあなたの懐にあった。だからこれは貴方のものです。」

 『G』との最後の戦い…、あの状況の中で、これを懐にしまった記憶は無い。恐らく無意識のうちに行ったことなのだろう。だとしたら、確かにこれは僕の持ち物として、相応しいと言えるのかも知れないが…。
「こんな物…。二度と見たくも無かったよ…。」
 彼にとってはあの悪夢の夜を思い出させる物でしかなかった。そしてこれを持つ限り、あの夜の事を忘れることは一時たりとも無いだろう。

 9月28日。
 傷の癒えた手塚は大学近くのアパートに戻っていた。あれから一ヶ月と少し…。手塚以外の者は、ほとんど以前と変わらない生活に戻っていた。ただ一点、その保護と引き換えに、生活の全てをアンブレラに覗かれる事を除いては…。

 しかし、それも慣れればどうということも無く、事件の事を喋ろうとしなければ、むしろ安心らしい。一方、手塚はというと、結局この夏休みのほとんどをリハビリに費やしていた。もっとも、後半に関してはエージェント育成の訓練と言った面持ちの方が強かったが。そして今日、後期の授業開始を数日後に控えてアパートに戻ってきた、というわけだ。

 アンブレラの連中が、自分がこのまま大学に通うことを許可したのも意外だったが、後日、飯田橋教授もグルだったことを知り、これも納得した。
 要は、飯田橋教授の下で勉強もして、エージェントも研究者も両方こなせよ、ということだ。
 手に入れたものはとことん利用し、使えなくなれば切り捨てる。それが奴らのやり方なのは、町長や皆川の件で重々心得ている。

 そして、今日から一人暮らしを再開するに当たって(昨日までは病院暮らしだった)、新しい監視役が来るらしい。今までの奴、最後まで名を明かさなかったあの黒服の言うことには、僕にとって『絶対に裏切ることが出来ない』監視役だと言うことだが…。

 そうこうしているうちに、インターホンが鳴った。無機質なその音はいつも、大きな不安と少しの期待を運んでくる。そして、ドアの向こうにいた人間はその両方に応えるものだった。

 ブロンドの少女…。年は、13、4歳くらいだろうか、外国人の年齢はよく分からない。
 「What are you…?」(君・・・誰?)
 さすがの手塚も、すぐには状況を把握できず、そう口にするのがやっとだった。しかし、少女は何を言わず、小さな封筒を押し付ける。
 中に入っていた紙には、走り書きで「Just as you like(どうぞお気の召すまま)」…。
 「So,anyway….come in.Let's get talking.」
 とりあえず、彼女に話を聞かないとどうしようもない。いろんな意味で多少抵抗はあるが、家の中に入れることにした。

 話が進むに連れ、少しずつ状況がつかめてくる。
 なるほど、アンブレラもよく僕のことを調べたものだ。そしてその上で、随分と良い手を思いついたな…。

 話をまとめるとこうだ。
 もし、僕が不穏な動きをすれば、まずこの娘が僕を殺す。それを逃れたとしても、今度はこの娘がその責任で、僕の人質になる。そして殺される…。まぁ、よくあるパターンといえばそうなのだが…。ついでにこの小娘、最後ににっこり笑って、「So,please don't betray me.(だから裏切らないでね)。」とか抜かしやがった…。

 正直、身内の男どもならば、いざとなれば犠牲にしても構わないと思っていた。しかし、女、しかも子供となれば、たとえ他人でも、敵であってもそうは行かない。手塚という人間はそういう男だ。ついでに、その過程であわよくば、僕のことを骨抜きに出来れば言うことは無い、という期待もあるだろう。残念ながら、その可能性を完全に否定できない自分が情けない…。

 こうして僕の新しい日常が始まった。
 正直言って、あまり不満は無い。エージェントとしての訓練と大学生としての勉学の二重生活にも、少女との奇妙な共同生活にも、もう慣れた。アンブレラが憎いことには、いまだ変わりは無いが、自分の心だけを殺して事が済むなら、今はそれで我慢できた。しかし、ひとたび命令があれば、また、あの闇に身を投じることになるのだろう。その時、あの悪夢の夜が、ほんの『悪夢』にしか過ぎなかったことを知るその時は、着実に近づきつつあった…。

  
 完


棒
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