週刊?裏辺研究所
第1回 音楽畑からこんにちは

週刊?裏辺研究所とは?
 このコーナーは、所長・裏辺金好などが真面目に研究している物を載せるところです。問題は、いったい雑学のコーナーとどう違うのかということ。雑学の方が軽めの、またはオタクチックな・・・いや、なんか解らなくなってきた。まぁ、文章の長さが違うということで・・・そのうち基本スタンスに違いがでてくるでしょう。それとも、統合されてしまうかもしれません。だって、あちこち更新するの大変だもーン。なるべく、順次、私以外の人たちに書かせたいな。あ、今ここを担当しているのは裏辺所長です。
 
 今回は私の「音楽畑からこんにちは」をお送りします。

 (後日注)
 え〜、この原稿は幣ホームページ最初の記念すべき原稿になったわけですが、週刊?裏辺研究所の企画はどんどん変な方向へ流れ、しまいには文章では飽きたらず、「うらけんラジオ」というネットラジオがメインになったりしています。まあ、ラジオもそんなにたくさんは放送していませんけど。
 
●まえがき
 基本的に人間だけができることとして、音楽をはじめとする芸術活動があります(生物学者の人で、異論がある人がいたらごめんなさい)。僕は音楽が専門分野なので、今からそれについて述べようと思うのですが、とにかくみなさん。老後の趣味に芸術のうち、何か一つ今から持っておくことをお薦めします。特に男性の人は、退職後一日中なにもしないでぼーっと過ごして、そのまま成仏する人が多いですからね。奥さんに、あんたまだいたの!なんて言われたり・・。最悪の場合熟年離婚にまで発展しかねません。ま、無駄口はその程度にして、はじめましょか。音楽畑にようこそ!!
 
1.カラオケだけが音楽ではない!
 歌うことは素晴らしい。何と言ってもストレス解消になります。そこで、カラオケといふ、いとをかしげなるものが登場し、大ヒットし、音楽っていいなあーという人の増加に一役買ったわけで、うれしいかぎりであります(何様のつもりだ筆者!)。しかしながら・・・、筆者思うやう、歌を歌うということは、音楽の多々ある楽しみ・素晴らしさのうちの一つにすぎない。できたら、まず楽譜を読めるようになろう!!

 楽譜が読めるようになると、音楽の世界が一段と広がります。ああ、ここからこの楽器が入ってきて、そしてここで転調して・・というように。もちろん、楽譜が読めなくてもその程度のこと分かる、と言われればそれまでですが、しかし、曲を聴きながら楽譜が頭の中に浮かび上がるのは気分爽快!(なんじゃそりゃ)。それに、よく人から言われたら分かるというように、楽譜に示してもらったから良く曲の構造が分かるということがあります。それから、名曲と雰囲気だけの雑な曲の違いがはっきり分かります。楽譜を見れば一目当然。最近は音量と音響でごまかしている曲多いですからね。
 
 とりあえず、楽譜を読めるなるための練習方法を軽く書いておきましょう。この原稿、改訂版なのに、何も変わっていないといわれるのも嫌ですしね。そう、ここは付け足しです。
 まず、標準のドのあるオクターブを中心に前後中1つずつ、約3オクターブ分のド、レ、ミ・・・・が1つずつ五線譜に書いたやつを自作します。この時、ト音記号がヘ音記号を書いておくの忘れないでくださいよ。なかったらどの音かわからないですからね。ところでオクターブってわかりますか。オクターブとは鉛筆でいう1ダースのこと。つまり、ドレミファソラシ1セットのことです。変な例えはいらなかったかな。
 
 次にできあがった合計21枚の紙をシャッフルします。で、1枚1枚それが何の音か言ってください。これが、まず音符が読めるようになる訓練です。
 その後、音楽記号やコードなどを覚えていってください。ま、これは暇があったらちょくちょく、なペースでかまわないでしょう。さしあたり音符が読めることが大事。ついでにピアノなどを使い、無理矢理音感をつけておければ、それにこしたことはありません。よくわからんが、これがドの音らしい。それでいいんです。そのうち洗脳されるはずです。
 
 では、本編の次ステップに進みましょう!楽譜が読めるようになったら(完全には読めなくてもいいです)、いよいよ楽器を弾いてみましょう。もっとも、楽器というモノは習得に時間がかかるため、脱落者がたくさん出ることでおなじみです。とくに弾けない時期というのが長いため、あと一歩というところで「あーあ、もう飽きちゃった」とやめる人が多い。いかん、いかんぞー若者!!今、老人がド根性と執念でピアノを習うのが流行っているんだぞ!!それから30代後半から50代の人へ。とにかく途中であきらめないでください。どの楽器でも指が回らなくて苦労するはずですが、何年かやっていればなんとかなるはずです。いまここでやっておけば老後に楽しい時間が過ごせます。ついでに練習する上での極意を一つ述べましょう。それは、弾けないところをくどいほど部分練習するということです。弾けるところはもういいです。全楽器共通。
 
 では、さらにもう一ランク上のステップに進みますぞ大御所様。ある程度弾けるようになったらいよいよアンサンブル(合奏)をしましょう。ただし、これ、人がいるんですよねえ・・。しかし、みんなで合わせたらもう最高っ中華難乗って(?)。特に楽しいのがバロック音楽とロックでしょうか。少人数で楽しめますからねえ。ここで困るのがピアノ。ピアノ弾ける人はたくさんいるから合奏するときに、「私ピアノやる」「おいらもー」「おいどんもー」「アンドレもー」となってしまう。まあ、フルートとかヴァイオリンをやっている彼氏か彼女か夫か妻か息子か娘か友人を発掘するしかないね。または、シンセサイザーに変更する手もあり。
 
 んで、それが出来ようが出来まいが作曲者・編曲者の偉大さを知るために、下手の横好きでもいいですからアレンジを含めて作曲を敢行しましょう。やってみたら分かると思いますが、難しいのなんのって。それっぽいモノはなんとかできますが人様に堂々と聞かせられるモノはそう簡単に出来へんわ。ポップスで、「歌手名」のなになにとパッケージに表示されるのが憎たらしくなってくる。お前は歌、歌っているだけだろガー!ってね。もちろん歌手も大変ですが。もっと一つの曲をいろんな人が歌っても良いと思うのですが。
 
 結論。みんなモットオンガクヤロウヨ!あきらめるな。立つんだジョー!!
 何事も、根性がなくなったら終わりです。ただし、ジョーはそういう問題じゃないかな。ああ、日本軍も根性じゃ勝てなかったし。何事・・は削除してくれ。(もう、筆者の崩壊が始まる。いや、その前からすでにその兆候はあったような・・)
 
2.クラシック音楽は、取っつきにくいが・・
  俗にクラシック音楽とよばれるこの部類は文法的にはクラシカル音楽が正しい・・一体どうしてこのような呼び名になったのか。いずれにせよ、特に若者に敬遠されがちなこの音楽。その原因は二つあると思います。一つは騒げない、ロックやジャズみたいに演奏者と聴衆が一体化しづらいといったことでしょうか。最近はずいぶんクラシック音楽界も低俗化(?)してきましたが。いや、他に言葉が思いつかなかったので低俗という表現を使いましたが、好ましいことだと思います。土着と言い換えてもいいかな。
 
 ところでライヴでみんなギャーギャー騒ぎますが、どこまで曲を聴いているのでしょうか。また、クラシック音楽の楽器は弾きづらいから弾けない、だからコンサートを聴きに行っても面白くない。こういった自分も参加出来なきゃイヤという世界的な傾向、いやだな。
 
 さてもう一つ、やはりモーツアルト君がクラシック音楽のイメージをぐっと眠いモノにしていますかね。それがつまらんという図式につながっているみたいです。でもね、例えばブルックナーの音楽なんか、そんじょそこらのロックよりはるかにうるさい。ジャズなんかかわいいもの。
 
 そんなわけで今からクラシック音楽を聴こうかなという人のために、少し聞き所を紹介します。まず、最初に手をつけてはいけない作曲家はモーツアルト、ハイドン、武満徹と現代音楽作曲家達。いずれも眠い音楽の代表ですが、とくに現代音楽はヴァイオリンをキーキー鳴らすのが美という、もはや「わび・さび}の世界。音楽雑誌では絶賛されるし、指揮者は何でこんないいものみんな聞かないの?と言いますがダメ。それともいつか聴覚がかわるのかなあ。
 
 是非聞いて欲しいのは、バッハ、ブラームス、ドヴォルザーク、チャイコフスキー。特にバッハは別格。もう、たまんなくグッド。フーガ(一つのメロディーが曲中に何度もいろんな形で繰り返し登場する)なんか神聖で荘厳で最高。ジャズ界でも別格視される人です。ブラームス・チャイコフスキーは力強さと優美さが見事に共存。いと良し。ドヴォルザ−クは交響曲第9番「新世界より」がよろし。この曲から入門する人はかなり多いです。そしてトドメーーー!!はベートーヴェンの特に交響曲第九番<合唱>。ゲーム・ファイナルファンタジーZのセフィロスのテーマ(片翼の天使:植松伸夫作曲)もいいけど、これにはかなわない。あ、でもセフィロスのオケ・ヴァージョンもよかったなあ。ところで、オーケストラはよく、オケと省略されます。
 
 これらが聴き終わったらヴィヴァルディ・ショパン、それからモーツアルトに手を伸ばすといいでしょう。なお、クラシック音楽の異色曲にカール・オルフのカルミナ・ブラーナという、CMとかで世紀末って感じで使用される曲があります。みんな絶対知っている曲です。アァアアァーという感じ。声楽曲にはいるのかな。オケも合唱もすごい。
 
3.音楽にジャンルはない!!
  僕は、音楽には年代モノはあってもジャンルはないと思います。こんな人がいました。故フリードリヒ・グルダというクラシック・ジャズ両界で重きをなしたピアニストで、自分の演奏会ではクラシックだろうがジャズだろうが何でもごちゃまぜ。ときにはディスコまでやっちゃう。おかげであだ名は「変人・奇人」。もっとも、「俺は天才だ」と本気で言ったりして、ホントに変でしたが彼の言葉通り、天才という人でしょう。そういえば、小渕も梶山も亡くなっちゃったなあ。気がつけば小泉は首相だぜ。あの田中真紀子の名言から時はずいぶん流れて・・・もないか。案外最近だったりする。政界は目まぐるしく回転。あ、すいません、男の花道・・いや横道にずれました。

 他に、こんな人もいます。「音楽には細かくジャンルがありますが、<いい音楽>と<悪い音楽>しかないと考えているんです」と言うソプラノ歌手のレスリー・ギャレット。それからジャズトランペッターの日野皓正(ひの・てるまさ)さんもいろんなことやってるなあー。なお、いい音楽と悪い音楽の見分け方は前述の通り楽譜を見ればオーケー。でも、悪い音楽という表現もすごいね。
 
 ただ、CD売るときにジャンルが区別されてないと探すのが大変になるでしょうね。所・ジョージ(おおっ、一発で漢字変換できた!)の歌の隣にドミニカ共和国の民族音楽があって、ドヴォルザ−クの音楽と続き、極め付きはドラえモンのサウンドトラック。いやだああ!
 
 何はともあれ僕は思うわけです。例えばビートルズの音楽なんかは、今から100年もたてば、何の疑いもなくクラシック音楽の中の声楽曲のジャンルに入っているのではないか。もしくは、ロックというジャンルそのものがクラシック音楽の1コーナーになっているんじゃないかとね。そんな時代がきっと来ますよ。 
 
4.ゲーム音楽を、あなどるな
  ファミコン時代のピコピコという音からみると、現在のプレイステーションなどの音質には、目をみはるモノがあります。生の楽器だって入っちゃう。こうなるとゲーム音楽に注目するなという方が酷でしょう。特にRPG(ロールプレイングゲーム・冒険物)でのバトル音楽なんかは作曲者によって千差万別。ドラムをズンチャカならすやつが主流ですが、すぎやまこういち氏のオーケストラでやっていたり、クロノ・クロスの光田康典氏の拍子は変わるは音は素っ頓狂だわってやつや、前述の植松伸夫氏の大コーラスをいれたやつ。もー様々。
 
 僕が特にゲームの楽曲を作り方で感動したのは、サガ・フロンティア2における濱渦正志氏のやりかた。氏は、一つのメロディーをフィールドでも、バトルでも、ダンジョンでも様々に編曲して使うことでゲームに統一感を出していました。しかも、嫌みがない。ゲーム音楽というと、まだ他のジャンルに比べると低く見られがちですが、ゲーム音楽作曲家のみなさんには、このジャンルに誇りを持って作っていただきたいものです。また、これはゲームだけでなくすべての作曲家に言えることですが、安易に宮崎アニメでお馴染みの久石譲氏みたいな音楽に流れていただきたくないものです。下手をすると、それはパクリになりますがな。

 とはいえ、やっぱり久石的音楽(定義しておくと、いわゆる甘美なメロディーというやつ)って、作り安いんですよね。考えてみれば、この久石的音楽にも系統とブームがございまして、久石氏が登場する前は、三枝成章(さえぐさ・しげあき)氏が全盛期でございました。まだ細々とやっていますが、昔は機動戦士ガンダム(ゼータから逆襲のシャアまで担当)をはじめドラマ、映画などで引っ張りだこでした。で、そのあと久石氏がブームとなり・・・。今のイージーリスニングにつながると言いますか。
 
 話を戻し今後、このジャンル(ゲーム音楽)がどう育っていくかが楽しみです。なんてったって、いろんなジャンルの音楽技術がいりますからね。おかげで一つのサントラ買うだけでお得!
 
 ただ、現在問題があるとすれば完全にゲームの引き立て役に徹し始めている傾向があり、それこそ映画音楽と同じ雰囲気になってきているという点があります。それだとメロディーが面白くなく、また堂々巡りになりますが、久石的音楽になっちゃうわけです。今後はそのぎりぎりのラインの上にいかにうまく乗るかが勝負となるでしょう。
 なお、僕が、このジャンルで最もすごい作曲家は植松伸夫さんです。質と量を考えると彼ほど凄い人はいないでしょう。でも、ファイナルファンタジー8はいかんかったなぁ。9はまぁいいけど。10、11は、大半を他の人に任せている・・・。
  
5.終わりに・・。
  色々書いてみましたがいかがでしたでしょうか。あと、私が言いたいのは歌詞。ほれたはれたが多すぎ!この国はラヴ・ソングしかつくれんのか!!もっと皮肉たっぷりの曲が登場して欲しいなあ。または、スーパベルズのような独創性が欲しい。車掌の車内放送を音楽にする彼らの発想には脱帽。

 それから音楽に忘れてはならない存在はコンサート・ホール。音響が音楽の生死を分けると言っても過言ではない。たくさんの人が理想の音響を求めてホールの設計をしています。指揮者の故ヘルベルト・フォン・カラヤンなんか「ええーい、俺がやる」と自分で自分のためにホールの設計をしました。それが、ベルリンのフィルハーモニーというホール。 もう1つ。宮崎では毎年宮崎国際室内音楽祭というのをやって大成功しているのですが、主催者の宮崎芸術劇場の青木館長の言葉に、いい言葉がありました。音楽に限ったことではないのですが、「真の文化国家とは、地方に文化が根付いている国家である」。
 
  あと、クラシック音楽を聴くことが文化的だとかんがえるのはやめましょうね、みなさん。そんなことだから、逆に今まで残ってきた歴戦の古豪とも言えるクラシック音楽が聴かれなくなってきたのです。変に畏怖心やまたは、それを聴くことへの優越感(俺って、文化的ー!のような気持ち)を持たないこと。それが大切と言えるでしょう。
 
 さて、雅楽。解りません。解らなければ・・・解る必要もないか。でも、どなたか雅楽のここがいいというのがあれば、お教えください。ちなみに僕は、尺八とか三味線・琴は好きです。では、第1回はこのぐらいにしておきましょう。
<終>


棒

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