(28)水の都・ヴェネツィア


 昨日はローマから北へ、フィレンツェに行きましたが、いったんローマに戻って新年をコロッセオで迎えた後に、再びフィレンツェを通って、さらに北にあるヴェネツィアへ向かいます。ご覧のとおり、ローマから相当離れているので、今回の旅行ではカットという選択肢もあったのですが、果たしてヴェネツィアだけ訪問する機会があるのか?
 ・・・ということや、ヴェネツィアの北にもブラーノ島という魅力的な島があるため、セットで訪問しようぜという、例のごとく内容盛りだくさんの行程となりました。

 ちなみに世界遺産「ヴェネツィアとその潟」として指定されているエリアは、アドリア海の最深部、ヴェネツィア湾に出来た干潟「ラグーナ」の上に築かれた人工島のような感じで、干潟に大量の丸太の杭を打ち込み、建物の土台にしています。さらに、真ん中を全長約3kmの逆S字形の「カナル・グランデ=大運河」が北西から南東へ通っています。

 ここでヴェネツィアの歴史を簡単に紹介しますと、伝説では、アクイレイア、パドバなどの北イタリアの都市の住民が、5世紀のゲルマン人のイタリア侵略からの避難所として、452年に建設したものだとか。697年には(名目的に属していた)東ローマ帝国から独立して、自分達で選んだ総督にもとに統治する、ヴェネツィア共和国を建国します。この後、諸外国との侵略を撃退しながら、貿易都市てとして発展。10世紀後半にはイスラム諸国とも条約を結んで貿易を開始し、莫大な利益と、強大な海軍力で、一躍ヨーロッパ有数の国家として、政治的に高い地位を保持し、数々の領土も獲得しています。

 しかし、15世紀後半には中東のオスマン帝国が勃興し、ヴェネツィアは苦戦を強いられます。さらに大航海時代は、ヴェネツィア以外の諸国も貿易ルートを多数開拓し、ヴェネツィアの優位性は大きく後退しました。そして、1797年にヴェネツィアはフランスのナポレオン1世によって征服され、オーストリアに引き渡されました。その後、オーストリアと抗争を繰り広げますが、結局はイタリア統一によって、ヴェネツィアも組み込まれてしまうのでした。

 さて、殆ど寝ていないので少々朝が辛いですが、本日はローマ・ティブルティーナ駅から高速列車「イタロ」で出発。なぜか地下鉄が運転していなかったので、ローマ・テルミニ駅からタクシーで向かうと、運転手がとんでもない詐欺師で、運賃を50ユーロという、法外な価格に設定しやがった上に(多少は深夜早朝料金ということで仕方が無いようですが)、50ユーロ札を出すと、素早く10ユーロ札にすり替え、「おい、足りないぞ!」と請求してくる始末。

 秩父路号所員が、事前にそういう悪い運転手がいる、ということを勉強していてくれたので、無視してタクシーを降りて事なきを得ましたが、危ない危ない・・・。皆さんも気をつけてください。

 さて、今度のイタロはついに1等車に乗車。日本でもグリーン車に乗ることなんて滅多に無いですが、1等車ですよ奥さん!しかし、革張りの座席は座っていると、どうも滑るような雰囲気で、若干体にフィットしないのが残念です。

 ちなみに1等車のさらに上位クラスの座席も少数ありまして、奥には個室まであります。まあ、早朝のイタロはガラガラで、我々の1等車でさえ、殆ど貸切のような状態でしたので、個室を選ぶほどのことはありません。ちなみに車内には我々とは別に2名、「日本人」が乗車していました。

 さて、順調に走行していたイタロですが、どうも電気系統にトラブルが発生したらしく、ついにフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅でストップ。スタッフの方々が懸命の復旧作業に入りますが、結局故障は直らず、別のイタロが手配されることになりました。

 ・・・元々、ヴェネツィアは3時間程度しか観光する時間を割り当てていなかったのですが、これによって2時間程度しか観光する時間がなくなってしまいました。ひええ〜!

 それでも、一時は代替の列車の手配が不透明だったので、いっそのことフィレンツェをもう一度観光するか!とか、ピサの斜塔でも見に行くかなど検討していただけに、とりあえずヴェネツィアまでの足は確保されて一安心。そしてついに、イタリア本土を離れ、1846年に建設された鉄道橋を通って、ヴェネツィアに向かいます。

 てっきり、瀬戸大橋のようなものを想像していましたが、何だか一見すると陸地のような雰囲気。

 そしてヴェネツィア本島の北西部にある終着駅、ヴェネツィア・サンタ・ルチーア駅に到着しました。

 もうこの車両も散々見ました(笑)。

 ・・・が、ここでフレッチャビアンカ(Frecciabianca)が撮影出来たのは大満足!

 本来であれば、もう少しは撮り鉄したいところだったのですが、観光時間を大幅にロスしているので、さっさと進みます。

 こちらはヴェネツィア・サンタ・ルチーア駅の駅舎です。

 さて、駅前はこんな感じ。ご覧のとおり、どんよりとした空模様で、しかも霧が立ち込めています。晴れた日の運河が美しいヴェネツィア・・・とはならないのが、残念なところ。また、TAXI と書いてあるのは水上タクシー。道が狭く入り組んでいるので、車は殆ど無く、運河を行く船が主たる交通手段であるのは、非常に印象的でした。

 とりあえず我々は、まずは徒歩でヴェネツィアを散策してみることにしました。まずこちらは、駅の隣にあるリ・スカッツィ教会。

 そして、東に向けて歩いていきます。

 こちらはサン・ジェレミア教会。

 ここで、カナル・グランデを撮影してみます。

 町並みの写真。

 細い運河も縦横無尽に張り巡らされています。

 これは何だったか・・・。

 道路に面して玄関が・・・ではなく、運河に面して玄関が・・・の図。

 こちらは何の教会だったか・・・。

 カナル・グランデ方向に向かって撮影。奥に見えるのは・・・。

 カ・ペーザロという邸宅。17〜18世紀に建てられた、行政官のペーザロ家のバロック様式の館で、現在は一部が現代美術館や東洋美術館として使われています。

 カ・ペーザロ周辺のカナル・グランデの風景。相変わらず霧が晴れません。

 カナル・グランデ沿いの建物。

 さて、この辺りから少しずつ南下していきます。


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