5.シティ・ホール周辺

 写真掲載の順番が前後しますが、話はマリーナ・ベイ・サンズにチェックインした時点に巻き戻します。結局、午後3時までは部屋に入ることが出来ないので、対岸にあるマーライオン周辺へ向かいます。意外と距離のある道をとぼとぼ歩き、見えてきた洋風建築はザ・フラトン・ホテル。

 元々は1928年に建てられたフラトンビルディングで、初代海峡植民地総督であるロバート・フラトンに因んだ名前です。1996年まで中央郵便局として使われましたが、2001年に現在のホテルとして再オープンしています。よく見ると中央部分は増築した感じですね。

 さあ、そして有名なマーライオンです。ご覧の通り、結構大きいです。8mぐらいですね。

 シンガポール建国神話が由来で、11世紀にシンガポールを目指して航海に出たマレーシアの王子が、途中で荒れた海に王冠を投げ入れたところ、海の神が満足して荒れた海は収まり、そして上陸したシンガポールの地では、ライオンにこの地の統治を許されたことが由来です。

 ちなみに完成したのは1972年で、ヴァン・クリーフ水族館の館長でもあったフレイザー・ブルーナーにより設計。当時は別の場所にあったのですが、ポンプの故障で水が出なくなり、さらに橋が近くに架けられ正面から見えなくなるという有様。大変ガッカリな観光名所だったところ、現在地に2002年に移築され、迫力ある姿を取り戻しています。

 お決まりの(?)デューク所員後ろ姿。

 マリーナ・ベイ・サンズとの組み合わせ。

 ちなみに本家のマーライオンの後ろにも、約2mのミニ・マーライオンがいます。何でこんな至近距離に建てたのか解りませんが、我々はこれを「まあ!ライオン」と呼ぶことにしました。スミマセン、くだらないネタで。

 ユニークな建築も多いシンガポール。これは、エスプラネード・シアター・オン・ザ・ベイという複合施設。劇場やコンサートホールなどを兼ね備えています。見れば見るほど不思議な形・・・。

 ザ・フラトン・ホテルの背面に出てきました。このモニュメントは・・・なんだっけ。スミマセン。

 さて、このシティ・ホール周辺は1800年代〜1900年代初頭に建てられたイギリス植民地時代の壮麗な建築が残るエリアなのですが・・・、何を血迷ったかシンガポール政府、そこら中の建築を絶賛解体中でした。

 これは1905年に建てられた、ヴィクトリア・メモリアル・ホール/シアター。前面の外壁、側面外壁の一部、尖塔を残してほかは全て取り壊して再開発するようです。こういうやり方、日本のお家芸でもあるので、あまり批判は出来ませんが、シンガポールを代表する光景なだけに、何ともったいない。そして、請け負っているのが日本のゼネコンだという。

 フラトンホテルも良く見ると、外壁を一部残して再開発したような感じですものね。
 それはともかく、こちらはカヴェナ橋とフラトンホテルの組み合わせ。この光景は中々魅力的ですね。

 こちらも古そうなアジア文明博物館。

 外にはホー・チ・ミンと・・・。

 トウ小平。

 そしてネルーの胸像が飾られました。よし、いつかは私もここに飾られるように頑張りましょう(嘘。

 胸像の次は、このラッフルズ卿の彫像。トーマス・ラッフルズ(1781〜1826年)はイギリスの植民地としてのシンガポールの創立者で、この辺りが上陸の地だそうです。まさに、近代シンガポール発祥の地なんですね。

 シンガポール・クリケット・クラブ。由緒ある建築みたいですが、詳細は不明です。

 旧国会議事堂。現在はアートハウスとして改修された建物で、1827年の建築。

 1939年建築の旧最高裁判所。これも再開発中で、内部は取り壊しの最中でした。

 デュークさん撮影の在りし日の(?)旧最高裁判所。

 その隣が1929年建築のシティ・ホール・・・ですが、こちらも再開発中。旧最高裁判所と一体的に再開発を行い、ビジュアルアートの博物館として生まれ変わるようです。

 そこで、やはり同じくデュークさんが以前に撮影されたものをご紹介。再開発は2015年に完了するそうなので、それまでは無粋な工事現場を拝むしかなさそうです・・・。残念。それにしても、何でこんなに一気に再開発?と思わずにはいられません。

 さて、さらに道路を隔てて隣にあるのがイギリス国教会であるセント・アンドリュース教会。元は1836年にラッフルズ卿の命により建てられたもので、1863年に現在のゴシック様式の姿に改修を受けています。

 さて、次の目的地に向かおうとしたところ水陸両用バスに遭遇!前面が鳥の顔(アヒル?)になっていて、とてもユニークです。ほかの車と比べると随分大柄で、タイヤもでかいですね。

 こちらは戦争記念公園にある、日本占領時期死難人民記念碑。1967年に建てられたもので、1942〜45年の日本によるシンガポール支配に際して、シンガポール華僑虐殺事件で亡くなったとされる人たち(正確なことは不明)の慰霊碑です。高さ68m。

 続いて名門ホテルであるラッフルズ・ホテルも撮影してみました。1887年12月、アルメニア出身のサーキーズ兄弟によって開業したもので、第二次世界大戦中は日本人将校の宿舎にもなりました。戦後はホテルに戻り、1997年にシンガポール政府によって国宝に指定されています。

 泊まらなくても様々な店やレストランがあり、中庭に入ることも出来ます。格式あるホテル、これも一度は宿泊してみたいものだと、普段は宿泊先を考えるのが面倒で、東横インばかり指定する所長さんは思うのでありました。

 そしてラッフルズホテルに沿って北西に進むと、2つの教会があります。こちらはグッド・シェバード教会。少々ボロボロの姿になっており、今後の改修が待たれるところ。

 その向かい側が、正確には元教会であるチャイムス。19世紀の修道院を改修した商業施設で、結婚式場のほか、レストランやバーを備えています。

 その近くにもスタンフォードハウスという、何やら古そうな建築を発見・・・しましたが、これも工事が始まりそうな雰囲気。

 ラストは1887年に建てられたシンガポール国立博物館の外観のみを見学し、マリーナ・ベイ・サンズに戻ります。
 マリーナ・ベイ・サンズでは少々ですが、カジノとやらにも触れてみまして、スロットでデュークさんが僅かにプラスを出した以外は、私も氷川副所長も見事に敗退(もっとも、私の負けは1200円程度と、そもそもの投資額が超ドケチですが)。というか、テーブルゲームは参加の方法からしてよく解らん。