3.ヒワ(ヒバ)

 6000年前から人が住んでいたというウズベキスタンでも有数の長い歴史を持つ都市であるヒワ。1592年、ホラズム王国の国王アラブ・ムハメット・ハーンがウルゲンチから遷都し、一時、モンゴル帝国によって破壊されますが、16世紀後半からはヒワ=ハン国の首都として栄えます。

 1967年には内城の旧市街全体が歴史博物館に指定。さらに1993年にユネスコ世界文化遺産に指定。その一方で人々が生活する姿は自然で、まるでタイムスリップしたかのような古い街並みが広がります。

 *地図:日本外務省ホームページより編集

ウルゲンチ→ヒワ車窓
 意外に緑豊かな風景です。ウルゲンチは周囲を砂漠で囲われていますが、アムダリア川の水を引いてきて灌漑農業が行われています。植えられている作物は綿花(最も多
い)、米、とうもろこしなど。

ウルゲンチ→ヒワ車窓
 車道の真ん中を走っているような・・・。そして、電車の架線柱のような電柱が整然と並びます。これは、トロリーバスの架線です。トロリーバスは私(ムスタファ)は乗りませんでしたが、アルゲンチからヒワまで車だと30分ほどの道のりを1時間以上かけてトロトロ走るそうです。

ウルゲンチ→ヒワ車窓
 ここは綿花畑です。

ホテルヒワより
 ムハンマド・アミン・ハーンのマドラサを改造した、ホテルヒワの客室から外を眺めます。所々にある魅力的かつ特徴的な建物はこれから解説します。

ホテル中庭
 さすがもとの建物が、マドラサだけあって中庭は素晴らしいです。書き忘れていましたがマドラサとは、神学校のことです。

コフナ・アルク ハーンの間
 アルクとは宮殿のこと。コフナアルクは17世紀に作られたハーン(王)の宮殿であり、執務室、謁見室、ハーレムはもちろん、なんと造幣局や火薬庫まである、国家の中枢的な存在でした。お金は当時、絹だったとか。

コフナ・アルクの扉
 この彫刻の細かさ!

コフナ・アルク 装飾タイル
 そして扉だけでなく、内装それ自体も素晴らしい美しさと細かさを誇ります。

コフナ・アルク 装飾タイル
 こうした美しい装飾タイルのうち、1枚を拡大すると、こんな感じです。複雑な幾何学模様の中に、なにやら絵も描いてあります。

アク・シェイフ・ババの高台からヒワ旧市街の眺め
 ヒワの美しく均整のとれた町を一望できます。

アク・シェイフ・ババの高台からヒワ旧市街の眺め
 当たり前ですが、高層マンションなんかは全くなく、17世紀、18世紀の町の風景を思わせます。

アク・シェイフ・ババの高台からヒワ旧市街の眺め
 こちらは旧市街を守る城壁。こうした城壁は1世紀には既に造られていたそうです。厚さ6m、高さ8m、長さ2.2km。なお、城壁で町が囲まれていることは雰囲気があって良いのですが、ちょっと修復のあとの印象が新しすぎ・・・もっとも土壁ですから定期的に造り直さなければならないから仕方がないんですけどね。

コフナ・アルク外壁
 鮮やかな装飾を載せた門と外壁。

ラクダ
 背中に随分と鮮やかな布を載せています。

カール・マルクス通り
 さすが元・社会主義国といった感じである名称の通り。道路は綺麗に舗装され、美しいです。・・・しかし、古い建物が残って雰囲気がいいヒワですがここは土産物屋が並んだり、舗装も整備されすぎ等ツーリスチックな感じは否めません。

マスジェデジャーメ(ジュマ・モスク)
 10世紀に建てられたヒワで最古のモスク。現在の礼拝堂は18世紀の建物とのこと。しかし、付属のミナレットは古くて創建当時の物らしい。多柱式礼拝堂を支えている木柱の一部は近郊の廃墟となっていた建物から保存目的で流用したものもあるそう。その、212本もある円柱は、柱の中が太いエンタシス様式。また、全てに彫刻が施されているのが解ります。写真では一番左に注目。

マスジェデジャーメのキブラ壁に彫られたミフラーブ
 礼拝堂部分。
 キブラとはメッカの方角のこと。

クトゥルッグムラドイナクのマドラサ
(アラクリ・ハーンのメドレッセ)

 アラクリ・ハーンが1840年に建築した神学校。