2025年4月5日 高輪消防署二本榎出張所と泉岳寺周辺を歩く

この日は高輪ゲートウェイ駅で下車し、高輪周辺を散策。まずは、高輪警察署前交差点に建つ高輪消防署二本榎出張所へ。1933(昭和8)年築で、設計は警視庁総監会計課営繕係の越智操。東京都選定歴史的建造物に指定されています。

見学OKとのことだったので、消防署の皆様がお忙しい中、大変恐縮ですが、事務室にお声がけして見学。こちらは3階の講堂で、消防に関する様々な展示室として公開されています。

江戸時代から今に至るまでの消防服。

また、ニッサン180型消防ポンプ自動車が保存されています。本格的な国産消防ポンプ自動車の第1号といわれ、戦時中は空襲火災の消火活動にも従事。東京オリンピックが開催された1964(昭和39)年10月まで活躍したのち、保存されていたものを、東京消防庁企画調整部広報課が日産自動車が依頼して、2023(令和5)年に走行可能な状態に復元したそうです。


続いて、明治学院大学の前を通ったので、明治学院チャペル(礼拝堂)を撮影。1916(大正5)年築で、設計はW.Mヴォーリズ。ヴォーリズ自身の結婚式に使われたほか、1931(昭和6)年に両袖の増築工事が行われ、現在の姿に。2009(平成21)年10月に更新されたオルガンは、いったん失われた17-18世紀のヨーロッパの工法を再現したものです。港区指定有形文化財、東京都「特に景観上重要な歴史的建造物等」に指定されています。

こちらは明治学院記念館。1890(明治23)年築で、設計はH.Mランディス(宣教師)と推定。ネオゴシック様式の建物で、1階に小チャペルがあります。1階は煉瓦造で、2階は1894(明治27)年の地震で大破したため木造に改築されています。こちらも港区指定有形文化財、東京都「特に景観上重要な歴史的建造物等」に指定されています。

続いて覚林寺へ。こちらは日蓮宗の寺院で山号は最正山。安土桃山時代・江戸時代初期の武将である加藤清正を祀り、1845(弘化2)年の大火後に再建された、1856(安政3年)築の山門(上写真)と、1865(慶応元)年築の清正公堂が残り、港区の有形文化財に指定されています。

清正公堂は拝殿・幣殿・本殿からなる権現造で、このうち本殿は土蔵造。こちらは明治中期頃の再建と考えられています。

全景

天神坂を上りはじめると、古壽老稲荷神社があります。創建年代は不詳ですが、1678(延宝6)年からこの場所に鎮座しているそうです。

続いて泉岳寺へ。播州赤穂城主浅野家の菩提寺で、1701(元禄14)年に浅野長矩 (ながのり) が江戸城本丸大廊下(通称松の廊下)で吉良義央を刀で斬りつけ切腹させられ、ここに葬られたほか、翌年に吉良義央(上野介)を討った大石良雄ら赤穂浪士四十七士の墓があり、いわゆる「忠臣蔵」ゆかりの寺院として多くの人が訪れています。
ちょうど、春の義士祭が開催されるタイミングだったので、にぎやかな雰囲気です。上写真の山門は、1832(天保3)年築。2階部分には十六羅漢が安置されています。

桜は満開。

見事な境内ですね。

こちらの門は、浅野家の鉄砲州上屋敷(現・聖路加病院)の裏門を、明治時代に移築したもの。

浅野長矩の墓

浅野長矩夫人の墓。

こちらは大石内蔵助良雄の墓

こちらは大石内蔵助の息子・大石主税良金(よしかね)の墓

首洗い井戸

こちらは中門で、1836(天保7)年築。元々、泉岳寺には総門・中門・山門と3つの門がありましたが、総門は現存しません。

最後に、目黒川の桜を見てきました。

最盛期は過ぎていましたが、多くの人でにぎわっています。


新宿から小田急ロマンスカーGSEに乗車しながらこの日の散歩を〆ました。