デビュー年:1964(昭和39)年 最高速度:140km/h(青函トンネル内のみ 通常は120km/h)
使用列車:白鳥、つがる、いなほ、かもしか、
快速あいづライナー、
快速くびき野、
快速ムーンライトえちご、
快速フェアーウェイ、日光、きぬがわ、北越、雷鳥、にちりん、ひゅうが、きりしま
など
元・使用列車:いしかり、はつかり、つばさ、こまくさ、やまびこ、ひばり、たざわ、あいづ、ビバあいづ、鳥海、やまばと
ひたち、しらさぎ、つばめ、はと、北近畿
(*183系へ改造)、有明、かもめ、みどり
など
運行区間:津軽海峡線、奥羽本線、羽越本線、白新線、信越本線、磐越西線、北陸本線、
東北本線
(湘南新宿ライン)、湖西線、東海道本線、日豊本線、宮崎空港線、東武鉄道日光線、鬼怒川線
など
| ●特急型電車の代名詞、北は旭川、南は鹿児島まで活躍 |
特急の代名詞とも言える、国鉄の記念すべき車両。国鉄最多両数の特急電車グループであり、交直流電車として、函館から鹿児島まで、あらゆる場所に足跡を残し、ボンネット型から非貫通型まで各種の顔つきが存在することもあって、ファンが特に多い車両である。
1964(昭和39)年、向日町運転所(現、京都総合運転所)に41両が新製配置され、同年12月より
特急「雷鳥」(大阪〜富山)、
特急「しらさぎ」(名古屋〜富山)という2つの新たな北陸本線の特急に投入され、その歴史を開始した。最初に投入されたのは481系と呼ばれるグループで、先頭車は上写真と同様のボンネット型。151系、181系のイメージを引き継いだ先頭車が特徴だった。なお、481系のモーター車は60Hzのみの対応で、東日本地域では運転できない。
そして翌年、今度は東北本線の
特急「ひばり」(上野〜仙台)、
特急「やまびこ」(上野〜盛岡)でも運転を開始。このとき投入されたのは、483系と呼ばれるグループで、先頭車や付随車の大幅な変更は無いものの、モーター車が50Hz(ヘルツ)にのみ対応したものに変更された。
さらに1968(昭和43)年、50Hz,60Hzの双方に対応したモーター車が登場。ここから485系と呼ばれるグループが誕生し、いよいよ全国にその活躍を広げることになる。こうして、長年にわたり製造、運用されたため、485系は色々な顔が登場している。
大きく分けると、以下のようになる。
まず、最も人気の高いのが、181系のフォルムを受け継ぐ
ボンネット型(写真上)。0番台と、そのマイナーチェンジ車両である100番台の2区分が存在。先頭車については現在、0番台がJR東日本で鉄道博物館での保存車両として1両、九州鉄道記念館で1両(*もとグリーン車のクロ481−5)の、計2両が残る他は、100番台は全て引退し、現存しない。また、中間車両から改造されたものや、九州では先頭車不足を補うため、181系から改造された車両も2両存在した。
1972(昭和47)年に登場した200番台の先頭車は、ボンネットスタイルから脱却。分割、併合を視野に入れ、583系に似た前面貫通形となった。しかし、実際に先頭車の扉が営業で使われたのは、JRが発足してからであり、長らく使われることは無かった。
さらに1974(昭和49)年からは、非貫通型の300番台と、同じデザインながら北海道での運用に備えた1500番台が登場。基本デザインは200番台と同様ながらも、貫通扉方式を廃止し、前面のトレインマークも一回り大きくなった。また、1976(昭和51)年には、300番台をベースに、山形などでの耐寒運用に備えた1000番台が登場した。この他にも多数の顔や番台区分があるが、細かい差異の解説については省略したい。
さて、JR発足後は大量に国鉄から承継した485系の活用が課題となり、JR各社で様々な改造や塗装変更が実施され、多くのバリエーションが誕生した。特に、JR西日本の特急「スーパー雷鳥」用パノラマグリーン車、JR九州の赤い485系、さらに、JR東日本の
特急「はつかり(→白鳥、つがる)」「はくたか」用の車両のように、一見したところ同じ車両と思えないようなものもある。
長年活躍してきた485系だが、新幹線の開業と共に活躍の場を狭め、さらに老朽化とのダブルパンチで、その寿命を間もなく迎えようとしている。その一方で、首都圏で再び運用が始まっており団体列車用のほか、2006(平成18)年3月改正からは
特急「日光」「きぬがわ」として新宿始発、東武鉄道直通の特急運用に就いている。
また、一部は183系に改造され、
特急「北近畿」「はしだて」などとして、北近畿地方を走っている他、ジョイフルトレインや異系列に改造されたものも存在している。