昭和42年に開館した、川崎市が誇る東日本の古民家を集めた野外博物館。国指定重要文化財7件をはじめ、文化財に指定された25の建物が展示されており、その規模と魅力は計り知れないほど大きい。新宿から小田急線で向ヶ丘遊園で下車と、所要時間を含めてアクセスの便も良い。近代建築を集めた江戸東京たてもの園と合わせてみたいところ。

作田家住宅 [重要文化財]
17世紀後期〜18世紀初期 築
原所在地:千葉県山武郡九十九里町
いわし漁で栄えた、九十九里の漁師の家。と言っても、漁をするための施設は沿岸にあり、こちらはあくまで内陸にあった住居であるため、漁師の家の雰囲気は見られません。
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作田家住宅 [重要文化財]
内部はこのような感じで、木材が織り成す、もはや芸術的ともいえる構造をしています。なお、この住宅は最大の特徴は、二棟が連なっているように見える「分棟型」という構造であること。実際には、半割丸太が雨どいとして2つの屋根をつないでいます。
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清宮家住宅
17世紀後半 築
原所在地:神奈川県川崎市多摩区登戸
玄関のある面を除き、三方を土壁でふさいだ、ちょっと暗い建物。格子窓が土間と床上境にも設けられており、独特な雰囲気が漂っています。
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広瀬家住宅 [重要文化財]
17世紀末期 築
原所在地:山梨県塩山市
甲州地域の特徴である切妻造の妻壁が印象的な住宅。中央を突き上げて、そこを2階とするのが、この地域の特徴(写真では解りません。反対側のようです・・・)。ただし、この建物に関しては後に屋根裏を改装して追加されたものだとか。また、四本の太い柱を中心に建築する「四つ建」という造りで、これも甲州地域の代表的な家の構造。
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太田家住宅 [重要文化財]
17世紀後期 築
原所在地:茨城県笠間市
作田家住宅とはまた違った形の分棟型の家。土間が非常に大きく、入ると右手に馬屋、左手に母屋が展開します。
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北村家住宅 [重要文化財]
1687(貞享4)年 築
原所在地:神奈川県秦野市
柱に墨書されていたため、建築年代、さらには建築者まではっきりとしている珍しい江戸時代の、それも比較的初期の農家の名主の家。建築の棟梁は理兵衛さん。
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北村家住宅 [重要文化財]
こちらは内部。その中でも、日常生活の場である「ヒロマ」と呼ばれる場所で、「竹すのこ」に、筵を引いているのが特徴。
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伊藤家住宅
[重要文化財]
17世紀末期〜18世紀初頭 築
原所在地:神奈川県川崎市麻生区
日本民家園誕生のきっかけとなった農家の名主の家。古い民家が失われていく中で、この建物を解体せず、移築して保存しようと機運が盛り上がったことから全ては始まりました。建物は正面の格子窓が「シシよけ窓」と呼ばれる関東地区でよく見られる特徴を現しています。
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蚕影山祠堂
1863(文久3)年築。
原所在地:神奈川県川崎市麻生区
東光院境内にあったもので、養蚕の神である「蚕影大権現」を祭っていた宮殿( くうでん )を、茅葺屋根の覆堂(さやどう)が覆っています。宮殿は、金色姫伝説を表した彫刻が施されるなど、なかなか豪華な造り。金色姫とは、インドより4度の苦難を経て日本に養蚕を伝えた馬鳴菩薩の化身だとか。
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岩澤家住宅
17世紀末期 築
原所在地:神奈川県愛甲郡清川村
農家・名主の家で、ヘヤ(寝室)にザシキ(居間)だけでなく、デエ(座敷)からも入ることができるという、特徴的な構造をしています。そして、お分かりのとおり、むかしは居間のことをザシキと言っていたんですね。
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棟持柱の木小屋
1924(大正13)年ごろ 築
原所在地:神奈川県川崎市多摩区
2本の棟持ち柱を持つ、古民家の構造にも通じるところがある、薪や堆肥用の落ち葉を入れておく小屋。こういうのが保存されているのは珍しいです。また、柱が掘っ立て式で、これも構造的に興味深いことだそうです。
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船頭小屋
1929(昭和4年) 築。
原所在地:神奈川県川崎市多摩区
多摩川の船頭が客待ちのために使った部屋。やけに時代劇チックに感じられるが、ご覧のとおり意外に新しいです。戦後、以下に日本が激変したかを思い知らされるような感じがします。
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