神奈川県川崎市多摩区〜川崎市立日本民家園〜
  Japanese ancient houses in Kawasaki City , Kanagawa

▼MAP


▼アクセス
小田急小田原線向ヶ丘遊園駅

▼関連サイト

日本民家園公式ウェブサイト
○施設の概要
 昭和42年に開館した、川崎市が誇る東日本の古民家を集めた野外博物館。国指定重要文化財7件をはじめ、文化財に指定された25の建物が展示されており、その規模と魅力は計り知れないほど大きい。新宿から小田急線で向ヶ丘遊園で下車と、所要時間を含めてアクセスの便も良い。近代建築を集めた江戸東京たてもの園と合わせてみたいところ。

 東京とその周辺は戦災や開発で歴史的建造物が少ない・・・などと考えていたら、大間違い。細かく探せば、色々と見るべき場所がある、ということで場所は神奈川県川崎市。前述のように小田急新宿線で新宿から22〜40分程度(素直に急行に乗れれば、22分)で、向ヶ丘遊園駅から歩いて約10分。行きやすいのなんのって。

 しかも、一軒一軒に色々な特徴があって、その見所を解りやすく解説してくれています。また、用途やエリア別に建物が配置されており、宿場→信越の村(北陸を含む)→関東の村→(地元である)神奈川の村→東北の村→その他、とこんな感じで旅行気分で歩くことができます。それでは、見ていきましょう!

 ちなみに、皆様の楽しみを奪ってはいけないので内部の写真は少しにしていますが、この内部こそ実は必見ですぞ! 芸術作品にも近い昔の家の構造を堪能してください。

○宿場

鈴木家住宅
 19世紀初期 築
 原所在地:福島県福島市松川町
 奥州街道の八丁目宿にあった「馬宿」で、市に向かう馬とその馬方が泊まる宿屋であるのが特徴。土間に内馬屋を設け、そこには12頭の馬がつなぐことが可能。


原家住宅
 大正2年築
 原所在地:川崎市中原区小杉陣屋町
 これは宿場ではなく、入り口からすぐの場所にある建物。日本民家園本館として使用。明治24年より22年の歳月を経て完成した力の入った古民家。

井岡家住宅
 17世紀後半〜18世紀初頭 築
 原所在地:奈良県奈良市下高畑町
 柳生街道沿いに建っていた油屋。

佐地家 門・供待
 18世紀中期 築
 原所在地:愛知県名古屋市東区長塀町
 尾張藩250石取りの武家屋敷の入り口部分。門の形式は切妻屋根の棟門。供待とは、門番部屋であると同時に、主人のお供が、主人の帰りを待つときの控え部屋だった場所。

○信越の村

佐々木家住宅 [重要文化財]
 18世紀初期 築
 原所在地:長野県南佐久郡八千穂村
 名主の住宅で、東側の屋根が半切妻(「兜造り」の構造)となっているのが特徴。また、降雨の少ないところに建築されたため、使用されている建材が細い。

山下家住宅
 19世紀初期 築
 原所在地:岐阜県大野郡白川村
 なぜ川崎で?と、少々驚きの、飛騨白川郷の合掌造りの家。川崎市内の料亭として移築されていたものを、ここに再移築したものだとか。

江向家住宅 [重要文化財]
 17世紀後半〜18世紀初頭 築
 原所在地:富山県南砺市(旧:東礪波郡上平村)
 こちらは越中富山、五箇山の合掌造りの家。

山田家住宅
 18世紀中期 築
 原所在地:富山県南砺市(旧:東礪波郡上平村)
 同じく越中富山、五箇山の合掌造りの家。白川郷の合掌造りの家と通じる構造なのが特徴。

野原家住宅
 18世紀後期 築
 原所在地:富山県南砺市(旧:東礪波郡利賀村)
 こちらも越中富山、五箇山の合掌造りの家。しかし、ほかの合掌造りの家が庄川本流域に存在し、4間取りなのに対し、こちらは庄川支流域に存在し、3間取りであるなどの差異がある。


作田家住宅 [重要文化財]
 17世紀後期〜18世紀初期 築
 原所在地:千葉県山武郡九十九里町
 いわし漁で栄えた、九十九里の漁師の家。と言っても、漁をするための施設は沿岸にあり、こちらはあくまで内陸にあった住居であるため、漁師の家の雰囲気は見られません。

作田家住宅 [重要文化財]
 内部はこのような感じで、木材が織り成す、もはや芸術的ともいえる構造をしています。なお、この住宅は最大の特徴は、二棟が連なっているように見える「分棟型」という構造であること。実際には、半割丸太が雨どいとして2つの屋根をつないでいます。

清宮家住宅
 17世紀後半 築
 原所在地:神奈川県川崎市多摩区登戸
 玄関のある面を除き、三方を土壁でふさいだ、ちょっと暗い建物。格子窓が土間と床上境にも設けられており、独特な雰囲気が漂っています。

広瀬家住宅 [重要文化財]
 17世紀末期 築
 原所在地:山梨県塩山市
 甲州地域の特徴である切妻造の妻壁が印象的な住宅。中央を突き上げて、そこを2階とするのが、この地域の特徴(写真では解りません。反対側のようです・・・)。ただし、この建物に関しては後に屋根裏を改装して追加されたものだとか。また、四本の太い柱を中心に建築する「四つ建」という造りで、これも甲州地域の代表的な家の構造。

太田家住宅 [重要文化財]
 17世紀後期 築
 原所在地:茨城県笠間市
 作田家住宅とはまた違った形の分棟型の家。土間が非常に大きく、入ると右手に馬屋、左手に母屋が展開します。

北村家住宅 [重要文化財]
 1687(貞享4)年 築
 原所在地:神奈川県秦野市
 柱に墨書されていたため、建築年代、さらには建築者まではっきりとしている珍しい江戸時代の、それも比較的初期の農家の名主の家。建築の棟梁は理兵衛さん。

北村家住宅 [重要文化財]
 こちらは内部。その中でも、日常生活の場である「ヒロマ」と呼ばれる場所で、「竹すのこ」に、筵を引いているのが特徴。

伊藤家住宅  [重要文化財]
 17世紀末期〜18世紀初頭 築
 原所在地:神奈川県川崎市麻生区
 日本民家園誕生のきっかけとなった農家の名主の家。古い民家が失われていく中で、この建物を解体せず、移築して保存しようと機運が盛り上がったことから全ては始まりました。建物は正面の格子窓が「シシよけ窓」と呼ばれる関東地区でよく見られる特徴を現しています。

蚕影山祠堂
 1863(文久3)年築。
 原所在地:神奈川県川崎市麻生区
 東光院境内にあったもので、養蚕の神である「蚕影大権現」を祭っていた宮殿( くうでん )を、茅葺屋根の覆堂(さやどう)が覆っています。宮殿は、金色姫伝説を表した彫刻が施されるなど、なかなか豪華な造り。金色姫とは、インドより4度の苦難を経て日本に養蚕を伝えた馬鳴菩薩の化身だとか。

岩澤家住宅
 17世紀末期 築
 原所在地:神奈川県愛甲郡清川村
 農家・名主の家で、ヘヤ(寝室)にザシキ(居間)だけでなく、デエ(座敷)からも入ることができるという、特徴的な構造をしています。そして、お分かりのとおり、むかしは居間のことをザシキと言っていたんですね。

棟持柱の木小屋
 1924(大正13)年ごろ 築
 原所在地:神奈川県川崎市多摩区
 2本の棟持ち柱を持つ、古民家の構造にも通じるところがある、薪や堆肥用の落ち葉を入れておく小屋。こういうのが保存されているのは珍しいです。また、柱が掘っ立て式で、これも構造的に興味深いことだそうです。

船頭小屋
 1929(昭和4年) 築。
 原所在地:神奈川県川崎市多摩区
 多摩川の船頭が客待ちのために使った部屋。やけに時代劇チックに感じられるが、ご覧のとおり意外に新しいです。戦後、以下に日本が激変したかを思い知らされるような感じがします。

○東北の村

工藤家住宅 [重要文化財]
 18世紀中期 築
 原所在地:岩手県紫波郡紫波町
 農家・名主の家。右の写真とセットでごらんいただければ一目瞭然ですが、主屋の先角に馬屋を突出させたL字型の住居で、岩手県北部、南部藩(盛岡藩)でよく見られる形(通称:南部の曲がり屋」)。

工藤家住宅 [重要文化財]
 さらに、床上は上座敷のみが畳敷き、他は全て板の間、天井は全て吹き抜けという、雰囲気としては建物全体が1室の非常に面白い建物です。

工藤家住宅 [重要文化財]
 無性に気に入ってしまったので、もう一枚(笑)。

菅原家住宅
 18世紀後期 築
 原所在地:山形県東田川郡朝日村
 出羽三山の麓にあった、つまり厳しい環境下にあった農家の古民家で、豪雪に備えて周囲を板壁にしたり、屋根の途中にハッポウと呼ぶ曲線の美しい高窓を備えています。このハッポウは、豪雪で1回から入れなくなった場合の出入り口としての役割も果たしていました。

○その他

船越の舞台 [国指定重要有形民俗文化財]
 1857(安政4)年 築
 大王町船越(ふなこし)にあった、名前から推測できるとおり漁村にある神社の境内にあった舞台で、歌舞伎の上演に必要な設備は全てそろっていました。ずいぶんと立派な建築です。よく造ったなあ・・・。

船越の舞台
 石垣積みが特徴の奈落。

沖永良部(おくのえらぶ) の高倉
 19世紀中ごろ 築
 なぜか沖縄の建築物まで。穀物の貯蔵庫として使われ、床下を開放することで湿気を防ぎ、円柱の上には鉄板を巻いてネズミが登れないように工夫を凝らしています。ちなみに地上から床上まで2.4mあります。

○保存鉄道車両

国鉄 スハ42 2042
 古民家園の菅原家住宅方面からの出口近く (生田緑地)で保存されている旧・日本国有鉄道の客車。昭和23年に製造され、主に常磐線〜東北本線経由で上野〜青森を走っていました。昭和60年に廃車となり、ここで保存されることになりました。

国鉄 スハ42 2042 車内
 昔懐かしい雰囲気が漂っています。
 外装、内装ともによく整備されており、保存状態はかなり良いです。かなり・・・というか、野外展示でこれほど美しく状態を保っている車両は、全国でもここだけ?とさえ思わせてくれます。もちろん、探せば色々あるでしょうけどね。

○おわりに
 如何でしたでしょうか。
 手入れもよく行き届いており、これは実際に行かれると解ると思いますが、昔の農具なども数多く展示してあったり、部屋の種類ごとにつけられた、昔の区分名称がわかったり、非常に得るのもが大きい場所です。

 ちょっと散歩をするのにも適した場所で、ぜひ文化財を大切にする気持ちを持ちながら訪問してください!