第四十五話 クラッシュ・キング

 教習期間中、危うく大変なことになるミスを犯しそうになったことがある。


 私は学校が休みの日は朝一に教習をいれるようにしていた。中途半端な時間にいれると時間が有効に使えなくなったり、まだいいやと思って寝過ごしたりする危険があるからだ。そのため、教習期間中は常に朝は規則正しくおきており、正直しんどかった。


 ある日いつものように一週間分の教習の予約をとり、その日の教習にはいったのだが、何か引っかかるものがあった。思い出そうとしても思い出せない。・・・まあいい、悶々としたまま教習を受けては教習時間がもったいないし、また転倒するのは勘弁だからな・・・どうせ些細なことだろう・・・。私はそう自分にいい聞かせて教習にはいった。


 実は「また転倒」というフレーズが示すように、私は教習中にかなり転倒している。教習はだいたい一日二時間ずつ受けることが多いのだが、二日にいっぺん・・・つまり四時間に一回くらいは転倒している。


 一番最初の転倒は忘れもしない。教習時間終了間際に八の字の途中で脱輪し転んでしまったときだ。まだ教習を始めたばかりのころで、自分一人でバイクを起こすことができず、また間の悪いことに教官も私が転んだことに気付かず孤立無援であった。


 途方にくれていると私より課程の進んだ教習生が八の字にさしかかり、バイクをとめて
「大丈夫ですか?」
と言って、バイクからおり、バイクを起こすのを手伝ってくれた。私は相当あせっており、バイクを立ち上げたはいいものの、バイクを押してコースに戻ろうもするもバイクは重くて動かなかった。すると助けにきてくれた教習生は
「バイクに乗ってエンジンをかけて戻ればいいよ」
 と優しくアドヴァイスしてくれた(もしくは、ギアをニュートラルに戻す方法もある。ギアがはいったままではバイクは動かない。どちらにせよバイクに跨がなければはじまらない。)。


 大抵こういう失敗をすると「とろくせー。」などの罵声を浴びせられることの多かった私にとって、彼の存在はまさに地獄に仏そのものだった。教習コースを塞ぎ、教習を妨害するゴミ野郎に対して、こんなに親切に接してくれるとは、なんという余裕を持った漢(おとこ)だろうか・・・。とそこに教官が駆け寄ってきて
「ゴメンゴメン、だいじょうぶ?」
 と声をかけてくれた。発見が遅れたことを詫びている様子だった。ああ、教官もこんなクズを心配してくれるんですね。と心が熱くなるとその日の教習終了の合図が入った。



 次に記憶にある転倒は、コース教習がはじまったころに起きた。コース通り進むならば、左折して坂道にはいらなければならないのに曲がり角を見違え、左折するところを直進してしまったときだ。


 以前、少し触れたが、試験中であってもコースの順路を間違えても減点の対象にはならない。ましてや、練習中はコースを覚えることよりも兎に角バイクに乗ることが大切であると教官よりいわれていた。しかし、長年の学校教育の中で私の体は順序通りにいかなければならないということを教え込まれている。私の体は無意識のうちに間違いを訂正しようと急角度で左折を試みた。すると・・・、


 あえなく・・・転倒・・・。


 リカバリーのつもりが失敗に繋がってしまった。なんたる不覚・・・。まさに余計をことを・・・である。私は恥ずかしさのあまり、人に見られたくないと思い、すぐに立ち上がるとバイクを持ち上げた。すると火事場のバカ力なのか、教習を繰り返すことでバイクの特性を掴んでいたのかは分からないがバイクを難なく立て直すことができた。私はバイクを立て直せた自分に驚いた。コースのリカバリーは失敗したが、失敗のリカバリーには成功したのである。私はその後、何もなかったかのように教習を続けた。


 ・・・とこのように、私は何度か教習中に転倒をしている。私のネットでの師である蕭月氏は私がバイクの免許をとることを聞いて、
「教習中に転倒すると、安全運転を心がけるようになる。」
 とアドヴァイスをしてくれた。まさにその通りと思ったことを覚えている。だが、ムリにバイクを倒し、カーブを曲がりそこねて転倒したことへの恐怖から、スラロームのようにバイクを頻繁に倒さなくてはならない課目・・・いや、バイクを倒すという行為そのものに恐怖をいだいてしまっているのも否めない。ちなみに今でも高速走行中の車線変更や峠道の走行では転倒の恐怖がよぎることがあるくらいだ。こうやって文章をタイプしている時でさえ、高速での車線変更や峠道での恐怖を思い出すと背筋がヒヤッとするくらいだ。




 さて、話をもどそう、私は教習前の悶々とした気分を晴らし、教習に集中できたためか、この日は転倒することなく終えることができた(レベルが低い話ですね)。



 さてと、今日はバイトが休みだけど、夜からバイトの飲み会があるからな。飲み会までの時間なにしてよっかな(この日は午前中に学校があったので夕方の教習だった)。
「・・・飲み会・・・!」
 私はハッと思い出し、教習の予約状況を見た。学校のない曜日は朝一の教習を予約してあることは先にも述べたが、なんと飲み会の明け日である明日も学校がないため朝一の教習予約になっているではないか!


(そうか、何か忘れているとおもったのはこれだったか・・・!)


 私はちゃっと(「ちゃっと」は遠州弁で「すぐに」の意)予約を訂正し、明日の教習予定を朝一から午後の教習へと切り替えた。危ない危ない・・・。



 こうしてピンチを回避すると、私はすっかり暗くなった夜道を、秋風(むしろ冬?)が吹きすさぶ中、家へと帰った。



棒