裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第2話:絶望の帰宅

 実家へ向かう途中、何体かあのバケモノを見た。どうやら、町民の変わり果てた姿らしい。彼らの不安定な歩行はヒロシマの原爆資料館で見たマネキンを思い出させる。
   
 彼らは何を求めているのか? そんなことが頭をよぎったが、今はそんなことは問題 ではない。今はただ両親が心配だった。     

 実家のガレージには車が無かった。すでに脱出したのだろうか?カギを開けて家の 中に入ろうとすると、それはありえないことに気付く。チェーンロックがかかってい たのだ。と、いうことは、この中には何者か、おそらく両親がいるということにな る。本当ならば、今夜は久しぶりにお袋の味を堪能できたはずだが、この状況では期 待できそうにない。
「親父ッ!おふくろッ!俺だ!開けてくれッ!」
 わずかに開いた扉の隙間から叫ぶと、やがて扉の向こうに中年の男が見えた。
「…正智、か?」
 信じられないといった感じで男が彼に尋ねる。
「ああ、今帰った。とりあえずカギを開けてくれ。」
「お、おう…。」
 おぼつかない手つきでチェーンロックを外す。二人は先ほど負った傷の手当ても兼ね て、リビングで話すことにした。


「しかし、よく無事で帰ってこれたな。…もっとも、帰ってこなかったほうが良かっ たかも知れんが…」
「あまり無事でもないさ。」
 傷の消毒をしながら答える。
「…さて、分かっていることだけでいいから、今この町に起こっていることを説明し てもらえないか?」
「…ああ、それだがな…。」
 父親はいかにも話しづらそうに口を開く。どうやら思い出したくない事もあるよう だった。


「確か、三日前だったな。町中の人間が目覚めなくなったのは。病院に連れて行って も、ただ寝ているだけだとしか診断されなかったそうだ。それでも一応入院を希望す る人も多くて博愛病院のベッドはいっぱいらしい。もちろん、わしのように何ともない人もいた。だが、何故わしらだけが何ともないのか、なぜ、皆起きてこないのか、そ れは分からなかった。それでも、その日はたいした混乱もなく過ぎていった。大変 だったのは昨日だ。眠っていた人が起きはじめたんだ。…訳の分からないバケモノとしてな!」
 男はその部分で口調をやや荒立てた。 一通りの話が終わってから手塚が口を開く。
「…大体の状況は分かった。ところで、おふくろはどうしてる?ガレージに車も無 かったようだが…。」
 父親は、さも言い難そうに答えた 。
「…母さんは…、寝てるよ…。」
「寝てる?…まさか!!」

 手塚の脳天に衝撃が走る。  
 次の瞬間、彼の足は二階にある母親の寝室へ向かっていた。母親はそこに寝てい た。まるで何事も無かったような安らかな寝顔だった。呆然としているところに背後から父親が声をかける。
「言い忘れたがバケモノになったのは男だけだ。女はいまだ目を覚まさない。だから、バケモノが出た時点で母さんを連れて逃げようと思った。だが…、そこの消防署の横であいつらに車が囲まれてな。すごい数だった。タイヤの下にも潜られて全く進 めなかった。あのままだったらきっと殺されていただろう。母さんを連れてここまで 帰ってくるのがやっとだった…。」  振り返ると父親の手は、怒りからか悲しみからか、あるいは悔しさからか、とにかく 打ち震えていた。


 母親のことは心配だが、できることは何も無い。二人はこれからの行動について話 し合うことにした。
「…バケモノの中には、わしの仕事仲間もいてな…。つい先週、一緒に呑みに行った ヤツがバケモノになって、わしらを食おうとするんだ。信じられなかった…。」
階段を下りながら父親が話す。確かにショックだっただろう。俺はさっき、バケモノ を殺した。ただし、それは面識の無い警官だったからだ。もし、俺の友人がそうなっ たとして、俺はそいつをバケモノとして割り切れるだろうか…。

 
 …ん、友人?  彼は今まで思い出さなかった自分の愚かさを呪った。  

 高校時代の友人や後輩が、四日前から幼少期からの友人である亀村の家に滞在していることを…。
「親父!電話借りるぞ!」
手塚は亀村の家に電話をしてみることにした。
「…無駄だよ。」
父親が言う。受話器からは発信音がしなかった。
「考えてもみろ。電話がつながれば外部からの救助が要請できるだろう?おそらく、 どこかで電話線が切断されたんだろうな…。」

 確かにその通りである。しかし、それだけでは救助が来ない理由にはならない。他に も何らかの隔離機構が存在すると思って間違いない。だが、それについて考えるのは 後にすることにした。情報が少なすぎるし、今は友人達の無事を確認することが先決 だと思ったから。第一、これ以上同時に物事を考えていると混乱しそうだった。
「じゃあ携帯も…無駄か…。しかし何故?」
 携帯電話を確認してもそこにアンテナは無く、「圏外」の文字の文字が赤く表示され るだけである。

「…妨害電波だ。テレビつけてみな。」
「妨害電波ァ?!」  
 手塚は信じられない様子だったが、とりあえず言われたとおりテレビのスイッチを入れてみた。…そこには虚しく砂嵐が広がるだけだった。  

 しかし、テレビの電波を遮断するほどの妨害電波など存在するのだろうか。そんな 疑問も頭をよぎったが実際に存在しているものは仕方が無い。考えるべきことはさら に強い電波で妨害を突破するか、妨害電波自体を除去すること、そして友人達の無事 を確認することである。

「親父、無線通信の免許持ってたよな?その無線、強化できないか?」  
 手塚はリビングに置いてある無線機を見ながら言った。  

 実は無線通信の電波は一般の想像以上に強く、千葉のトラックの無線がヒマラヤで 確認されたという事実もある(無論、違法に強化されたものだが…)。

 しかし、返ってきた答えは期待したものではなかった。
「…やってみたさ。それでも、妨害電波の方が強かった。おそらく強引に通信するの は不可能だろうな…。」
 父親の目にはあきらめがうかんでいた。 じゃあ、妨害電波の発信源はわからないか?」

 続けて父親に尋ねてみた。
 「それは分かってる。他にすることが無くて、電波の解析ばかりしていたからな。発信源は役場と消防署。おそらくそれぞれの屋上にあるミュージックサイレンを改造し たものだろう。そこから一般に使われている周波数の妨害電波を発するとともに、新 たな周波数の電波が現れればそれを感知して、3分以内にそれに対する妨害電波も発 信してるらしい。範囲ははっきりと分からないが相当広い。…これで満足か?」
 いかにも自暴自棄といった感じで答える。
 だが、手塚は違っていた。
 「さすが、お父様。十分ですよ。」
 彼は薄笑いを浮かべながら言った。明らかに変わった口調。このようなあからさまな丁寧語を使うとき、人間は相手を見下しているか、余裕があるか、またはそのように 装っていることが多い。
 「さて、ちょっと着替えて出てきます。」
 手塚は事も無げにそう言って見せた。

 
 手塚は自分の部屋のクローゼットへ向かうが、父親が慌てて追ってきた。
 「出るって、…正気か?!大体、何処に行く気だ!?」
 「先ず、亀村の家へ行き友人の無事を確認。その後、インターチェンジからこの町を 脱出。外部にこの状況を伝え救助を要請…大まかに言えばこんなところか。」 手塚は歩きながら答える。
「さて、ちょっと出ていて欲しいんだが…。」
 手塚は他人に肌を見せるのを嫌う。それは父親と言えども例外ではない。
「あ、ああ…。」
 父親を部屋から追い出した後クローゼットを開く。服を脱いで確認すると肩からの出血はすでに止まっていた。


 クローゼットの中から、黒いTシャツと青いジーンズ、そして、それと同じ生地の ジャンパーを取り出す。この季節にしては厚着だが、バイクに乗ることとバケモノに 襲われる可能性を考えると、このあたりが、機動性、耐久性などの上でベストだろ う。また、真夏とは言えど、鹿尾町の夜はそこまで暑さに苦しめられるものではな かった。

 
 着替え終わってふとクローゼットの隅を見ると、一対のトランシーバーを見つけ た。手塚が子供の頃、玩具として与えられたものだが性能は悪くない。手塚はこれを ベルトに仕込み、持っていくことにした。

「親父、コイツを改造できるか?」
 手塚は先ほど見つけたトランシーバーを無線機に向かう父親に差し出す。
「…ん、出来んこともないが、どうする気だ?妨害電波で外との通信は出来んぞ?」
 もう忘れたのか、とでも言いたそうである。だが、通信するべき箇所は妨害電波の外とは限らない。
「さっき、新たな周波数を感知してその妨害電波を出してる、って言ったよな。でも、それには約3分にタイムラグがある…。なら、それより前に周波数を変えれば通信はできるんじゃないか?」
 理屈は通っていた。だが、実際にはやってみないと分からない。
 第一、トランシーバー自体が正常に作動するかどうかも定かではなかった。
 「分かった、10分で終わらせる。」

 そう言うと、父親は手早く分解を始めた。

棒

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