裏辺研究所 週刊?裏辺研究所 > 小説:バイオハザードin Japan棒

第22話:新たなる敵

 4階への階段は、他と比べてひどく狭く、また目立たない場所にあった。狭いだけに足音が余計に響く…。そういえば、普通、病院では4や9という数字は避けるはずなのに、なぜこの病院には4階があるのだろう。古い建物では、病院でなくとも実際の4階を、あえて5階と表記することもあるくらいなのに…。

 なぜか、階段の途中にシャッター。これがさっきまで自分の道を閉ざしていたものだ。今は横のランプの色も赤から緑へと変わり、引き上げてみると簡単に開いた。さらに階段を昇り、ついに4階まで来た。短い廊下の突き当たりに一つのドア。これが外の屋上に出るものだろう。ならば左側にある二つのドアが、院長室と理事長室、それぞれに続いているはずだ。見ようによっては、ちょっと眺めのいいペントハウスである。

 しかし、そのペントハウスにも、もはや主は残ってはいないだろう。手塚は特に警戒することもなく手前のドアをあけた。
「ん?!」
 微かにアーモンドの焦げたような匂いが漂っている。この匂いは…、シアン化水素!?
 手塚は反射的に呼吸を止め、その部屋の窓、全てを開け放った。よく考えれば、一度外に出たほうが安全だったかもしれないが…。
「プハァッ!…ハァ、ハァ。」
窓の外に顔を突き出し、体内に滞った二酸化炭素を吐き出す。外の空気は想像以上に涼しく吹き込み、手に触るステンレスサッシの冷たさも、また心地良かった。

 部屋の換気が大体終わったと思われるころ、窓から体を離して部屋の状態を確認する。  
 …さっきは急いでいて目に入らなかったが、白髪頭の白衣を着た男が院長用の椅子に座っていた。

 それがこの病院の院長であり、かつ死体であることは一目でわかった。机の上には散乱した書類と共に、青酸カリのビンが転がっている。状況から判断して…、自殺?…何故?何故、この人は死んだ?何か、何か手掛かりはないか?

 机の上の書類を含め、部屋中をひっくり返す。…無い。出てくるのは訳のわからない書類ばかりだ。結局、この部屋では何一つ得るものなく、次の部屋へ向かうことになる。院長の死の真相については彼のみぞ知る、といったところか。これで残ったのは、理事長室と屋上のみ。

 この病院の資金のほとんどは町が出資しているため、伝統的に理事長は町長が務めることになっている。どうせ滅多にここにはいないはずなのに、こんな部屋など作って、意味があるものだろうか。…ほら。部屋の中も無駄に豪華だ。ドアをあけた手塚の目に飛び込んできたのは、床一面に広がる赤い絨毯のさらに上に、堂々と寝そべっている虎の敷き皮。どうやってこの部屋に入れたかもわからないようなサイドボードの中には、奇妙な形のビンに入った洋酒が所狭しと並べられている。…絵に書いたような悪趣味。機能性のかけらもない。想像などしたくもないが、こんなところであの町長がくつろいでいる様子を思い浮かべると、笑いと吐き気が同時に襲ってくる。
「全く、こんな部屋で仕事なんかできるものかね…。」

 もっとも、最初からあんなタヌキジジイにできる仕事などほとんど無いようにも思えるが。案の定、机の上(この机も引き出しもないような見掛けばかり豪華なのものだが)には何かの紙切れが何枚か重なっているだけだった。そのうちの1枚はFAXで送られてきた何かの組立図のようだった。日付は8月10日、5日前だ。部品の形状から判断して、どうやら拳銃のものらしい。この形、どこかで見たような…。

 2枚目。今度はその拳銃に関しての取扱説明書。送り主は『狭間銃砲店』。
 …そうか!あそこで見た組み立て途中の拳銃だ。拳銃の名前は『GYRO JET CUSTOM VERSION.H MAGNUM』。…長い。

 GYROJETと言えば、今から30年位前の銃だったような気がする。実際に見たことはないが、ロケット噴射方式で弾丸を飛ばす、言わばキワモノの銃だ。水中でも打てるという長所はあったが、弾丸の初速が遅かったり、コストがかかりすぎるといった短所が、その長所を打ち消してあまりあるものだったため、結局ごく少数が出回っただけだったように記憶している。そんな銃が何故ここに…?

 その答えは3枚目のFAXにあった。どうやら町長が発注し、狭間氏がその技術の粋を集め改造したもののようだ(VERSION.HのHはHaradaのHらしい。意外と自己主張の強い人だ)。もちろん違法である。納品の予定日はこのFAXが送られてきた翌日、即ち11日で構造や特徴を理解させるため分解状態のままの予定だったらしい。しかし、いまだ納品されていないということは、何らかのトラブルがあったのだろう。その間に主人が例の病気を発病、結局納品されず今日に至る、といったところか。

 図面を見た限り、組み立てはそう難しくはなく、時間もかかりそうにない(さっき見たときには途中まで組み立てられていた)。ここから出ることができたら町役場に行く途中に寄って、組み立ててみるのも悪くないだろう。少なくとも警察用のニューナンブよりは役に立つはずだ。

 その後、例によって部屋を一通り探ってみるが、やはり特に何もない。ただ、高級酒は盛りだくさんだった。親父が見たら喜びそうだ。
これでこの病院の部屋は全て見たことになる。他の階では非常階段へのドアは締め切られていたが、屋上からなら抜けられるかもしれない。それで駄目なら、足を怪我している岩成には無理をさせてしまうが、窓からでも出ればいい。

 手塚は一縷の望みをかけて、屋上へのドアをあけた。

 空は満天の星空。こんな状況でもなければ、その瞬きに宇宙の広さと悠久の時の流れを感じるのだが、今はそんなセンチメンタリズムに酔っている場合ではない。
「ケヒャヒャヒャヒャヒャ…。やっとここまで来おったか、このドブネズミが!」

 屋上のちょうど中心あたりに来ると、これ以上無いほど下品な笑い声と罵声が背後から浴びせ掛けられた。反射的に振り返る。…誰もいない?いや、屋上のさらに一段上、院長室や理事長室の真上にあたる、貯水タンクが設置してあるフロアに何者かが立っている。老人のようだが…。
「貴様ァ!誰だ!?」
 それが誰だか分からないのだから当然の発言である。だが、その男は異常な反応を示した。
「この無礼者がァー!この町に住んでおって、わしの顔も知らんのかぁッフガ!。」

 …
 入れ歯が外れたらしい。それはいいとして、本当に誰だ?いくら俺の記憶力がいいからと言って、町中に住んでいる量産型のジジィの顔を全て覚えているわけではないぞ。しかし…、あの物言い…、まさか…。
「まさか…、町長か?」
半ば当てずっぽうに言ってみたが…。
「やぁ〜っと気付きおったか、このボンクラが。まぁ、わしは有名じゃからのォ。ケヒャヒャヒャヒャヒャ…。」
何が嬉しいのか、この上なく気持ち悪い高笑いを響かせる。別に当てずっぽうで言っただけで、別に有名じゃあ…。
まぁ、娘とその婿に金もって蒸発されて、孫がグレて、本人もどうしようもないアホ町長としては有名か。
「さて、わしの偉大さをわかってもらえたところで、死んでもらおうかのォ。」
…はい?別にアンタの偉大さなんてわかってないし、死んでもらおうって…。まぁ、ここは一つ芝居を打ってみるか…。
「ま、待て!なんで俺が殺されなければならんのだ!?俺は何もしてない!ただ、必死に逃げ回ってただけだ!」
…よし!迫真の演技!
「…知りすぎたんじゃよ。お前は…。」
…会話に乗ってきやがったな。内心ほくそ笑みつつ演技を続ける。
「知りすぎた?馬鹿な!俺はこの病院に逃げ込んで、必死に出口を探していただけだ!」
「白々しいことを抜かすな!この若造がぁ!見ておったぞ、監視カメラで!お前がこの病院に入ったときからずっとなァ!」

 過剰演技か…。失敗したな…。しかし、監視カメラとは…。
 ならば殺られる前に殺るしかあるまい。しかし、状況から判断して、コイツも一枚噛んでいるに違いない。できれば知っていることを、洗いざらい吐かせるまでは生かしておきたいが…。
「バレたからにゃあ仕方ねェ。死んでもらうゼ、クソジジイ!」
脅しの意味もこめて、多少わざとらしいセリフで攻めてみる。事実、一度言ってみたいセリフでもあったが…。

 だが、銃を構え照準をつける前に町長はヨタヨタとその身をかがめ、陰に隠れてしまった。しかし、手塚は引き金を引く動作を止めない。脅しに追い討ちをかける意味もこめて、その射線上にあった貯水タンクを打ち抜いた、…ハズだった。放った2発の銃弾は鈍い金属音と共に、貯水タンクの丸みによってあさっての方向に流れた。

 …おかしい。貯水タンクがどういう材質で造られているかは知らないが、拳銃の弾が弾かれるほど固いものなのか?考えても仕方ないので上まで駆け寄ろうとすると、また汚い声が響いた。
「ケヒャヒャヒャヒャ!アブないヤツじゃ!やはり殺すしかないのォ!」

 …油断するつもりはないが、あの程度のジジィに殺されるつもりはない。だが、直後に自分の相手はその老人ではないことを知る。二つある貯水タンクの一つがライトアップされ、その表面が機械音と共に二つに割れて開き、半透明の液体に満たされた円筒の中で直立する巨人を見たのだ。
ライトアップする必要がどこにあるのかは知らないが、ほとんど直感的にそれがこの町で実験、開発されていた生物兵器の一つであると分かった。そしてそれが今まで出会ったどの 敵よりも強いことも…。

 円筒の下から無数の気泡が上がり、液体の水位が下がる。巨人のまぶたが開き白濁した眼球を露出させる。無駄だとは思いつつ放った弾丸も、先ほどと同じく流れた。ただし今度は「キィン!」という澄んだ音だったが…。

 …やるしかないか。手塚は銃弾を込め直した。そうこうしているうちに巨人が円筒を内側から殴りつけ始めた。
 馬鹿な!38口径とは言え、銃弾を弾いたんだぞ!割れるはずがない!
「ケヒャヒャヒャヒャ!終わりじゃ、終わりじゃ!タイラント量産の暁には、世界はわしらのものじゃ!」
何をトチ狂ったことを!やはりこのジジィは殺すしかない!


棒
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