(4)12月28日:アラ・パチス、アウグストゥスの廟&四大河の噴水

 さて、今度は”平和の祭壇”「アラ・パチス」(アラ・パキス)を見学します。これはローマの初代皇帝アウグストゥスが、ヒスパニアとガリアで大勝利を収め帰還するのを元老院が称え、紀元前13年に建築を発注し、紀元前9年に完成した祭壇です。紀元前9年ですよ!

 周囲にはアウグストゥス一族のリヴィア、アグリッパなどの彫像が彫られています。

 なお、ご覧のようにガラス張りの現代建築で保護されていますが、アラ・パチスは元からこの場所にあったわけではなく、移築復元されたもの。テヴェレ川の氾濫により次第に土中に埋まっていったもので、1568年に一部が発見された後、それから約400年近く後の1937年、ムッソリーニ率いるイタリア政府が、アウグストゥス生誕2000年記念事業として発掘したものです。

 一番最初の写真を良く見ると、古い部分と新い部分がハッキリと分かれていますね。
 また、アラ・パチスを保護する現在の建物は、2006年に完成したもので、アメリカ人建築家リチャード・マイヤーが設計しました。

 その隣にあるのは、サン・ロッコ・オル・アウグステオ教会。

 そして、その東側にあるのが29年に建てられたアウグストゥスの廟。エジプトのアレキサンドリアにある、アレキサンダー大王の墓をモデルに建てられたもので、直径は89mもあります。 ここにはローマ帝国初代皇帝アウグストゥスをはじめ、ユリウス・クラウディウス朝の人々が眠っています。

 いやはや、2000年も前の建築を次々に見ることになるとは。建築好きとしては、もう感涙するしかありません。


 その東側には、スペイン広場の後に見たサンティ・アンブロージョ・エ・カルロ・アル・コルソ聖堂の裏側です。

 続いて南西方向へ。こちらはボルゲーゼ宮。ローマ教皇と枢機卿を輩出したボルゲーゼ家の邸宅で、1590年〜1613年の建築。

 緩やかにカーブした、結構大きな建築です。

 さて、引き続き路地を進みます。

 おっと、遠くにスペイン広場が見えますね。

 そしてテヴェレ川に出ると・・・遠くにヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂が見えてきます。他の建物と比べると、スケールが大きいことが良く解ります。これは訪問するのが楽しみです。で、ここで右、つまりテヴェレ川の対岸を向きますと・・・。

 このような豪華な建築に出会います。これは、最高裁判所。
 では、このままヴァチカンへ向かいたいところですが、まだ南側で見たいものがあるので、道を引き返します。

 こちらはサンタ・マリア・デッラ・パーチェ教会。1480年頃に建築された後、1656年にピエトロ・ダ・コルトーナがファザートを加え、広場を整備したものです。しかし、町中の一角に少々窮屈そうに建っていますね。

 そして狭い路地を抜けて、ナヴォーナ広場にやってきました。

 こちらは車が乗り入れてこない広場で、ガイドブックには「どの広場よりも落ち着いている」と書いてありましたが、屋台の数々と観光客で非常ににぎわっていました。写真は、サンタニェーゼ・アゴーネ教会。1653年から66年にかけて建てられたもので、当初はライナルディ親子が設計しますが、後にボッロミーニに設計者が変わります。


 この広場を特徴づけるのが四大河の噴水。ベルニーニによる作品で、世界の四大河川とされたナイル、ガンジス、ドナウ、ラプラタを擬人化した彫刻が、オベリスクを囲んでいます。

 川を擬人化っすか!その発想は無かった!

 ちなみに教会の設計者ボッロミーニと、噴水の設計者ベルニーニは仲が悪く、ベルニーニは噴水を造るに当たり、「見るに耐えない教会だ」として擬人化したナイルに布をかぶせ、さらに「教会が倒れたら困る」として、ラプラタの腕を教会に向かって伸ばしたそうな。写真右手の彫刻が、ラプラタですね。

 はい、ご覧のとおりの姿です。公共の広場で芸術作品を使って何をやっているんですか。それが300年以上後も残っているのですから、面白いものです。

 さて、屋台でこんな伝統的な菓子パン「チャンベッラ」を買い(大きい!)、近くでピザを食べて、今度はテヴェレ川の対岸を目指します。チャンベッラ、ミスタードーナッツで売ってくれないかなあ。