所長のソウル旅行’07(2)昌徳宮


○解説

 ソウル駅を見学した後、宿に荷物を置いて近くにある世界遺産、昌徳宮(チャンドックン)へ。
 ここは、1405年に景福宮に対する離宮として建てられたもので、豊臣秀吉による朝鮮侵攻(文録・慶長の役/韓国では壬辰倭乱)によって焼失した後、1609(光海君元)年に再建されてから約300年にわたって王宮として使われてきました。1865年に再び景福宮が正宮となり、こちらは離宮となりましたが、日本による韓国併合後は李太王(高宗)や李王(純宗)は景徳宮に居住するようになりました。
 何度か火災にはあっていますが、それでも数多くの古建築が残っていることから、1997年に「昌徳宮の建造物群」として世界遺産に登録されました。敷地面積は、なんと約13万5000u!! また、数多くの木々があり、中には樹齢300〜700年のものも。非常に華麗な建造物が数多くある一方で、全体的には非常に落ち着いた雰囲気なのも特徴です。
 上写真の敦化門(トンファムン)は1609年築で、大韓民国最古の門といわれています。

○風景


敦化門
 もちろん中国建築とは違う彩色が印象的な韓国の古建築。初めて見て感動したので、まずは1枚撮影です。

進善門
 
錦川橋(クムチョンギョ)
 1412年築。ソウルで現存する最古の橋といわれています。橋の手すりに動物の模様が彫られているのが特徴。
粛章門
 
仁政門
 仁政殿の前にある門。
仁政殿(インジョンジョン)
 王の即位式、臣下の朝礼式、外国大使の接見等、儀式が執り行われた正殿。瓦ぶきの2階建ての建築で、昌徳宮の中で、最も規模の大きいものです。
仁政殿(インジョンジョン)
 屋根上の様子。、西遊記の登場人物が並んでおり、三蔵法師、孫悟空、猪八戒・・・と続いています。
仁政殿(インジョンジョン)
 屋根上の様子。少しアップで。
仁政殿(インジョンジョン)
 鳳凰のレリーフ。
仁政殿(インジョンジョン)
 内部の様子。
仁政殿より仁政門方向を見る
 高級官僚たちが位階順に勢ぞろい様子が想像できます。正二位など官位の書かれた小さな石柱が立っており、これは、もちろん高い地位の者ほど王様の座る仁政殿に近いところに立っていたことを表わしています。
宣政殿
 唯一、屋根が青い建物で、王の執務室や臣下との討論の場、儒生の試験会場や宴会の場となどに使用されました。
風景
宣政門
煕政堂(ヒジョンダン)
 1920年、景福宮の康寧殿(カンニョンジョン)を移築。西洋風の家具が置かれています。元々は王の寝殿でしたが、のちに会議の場となったそうです。
宣平門
 後述する大造殿前の門です。
大造殿(デジョンジョン)
 王と王妃の寝殿。1917年に焼失したため、景福宮の交泰殿を移築しました。
大造殿
 別の角度より。建物の屋根に注目。東西にあるはずのヨンマル(屋根の棟瓦)が無いのが特徴です(ほかの建物と比べてください)。これは、韓国で棟瓦が「龍棟」と呼ばれるためなのですが、韓国で国王自身が龍とされているため、その邸宅の上に、「龍棟」を設置するわけにはいかない、ということです。
台所(スラッカン)
 西洋風の建築様式で造られた、「王の台所」を意味するスラッカン。王の食事には銀製の箸が使われ、毒物が混入すると化学反応で箸が変色するようになっていました。
風景
 写真右側がスラッカン。
景薫閣(キョンフンガッ)
 ここでは韓国伝統の床下暖房、オンドルの構造を見学することが出来ます。
秘苑(ピウォン)への道
 昌徳宮(チャンドックン)は美しい建造物もさることながら、その北半分を占める庭園、秘苑(ピウォン)が非常に有名で、また見応えがあります。別名を後苑(フウォン)という、このエリアは、王の憩いの場所として今も訪れる人々を魅了しています。なお、文禄・慶長の役で大半の庭亭が焼失し、1623年に復興されたのが現在の姿。
芙蓉池(プヨンチ)・芙蓉亭(プヨンジョン)
 奥に見えるのは宙合樓 (チュハムヌ)。1776年に建てられた2階建ての楼閣で、図書館だそうです。
芙蓉池(プヨンチ)&芙蓉亭(プヨンジョン)
 国王が釣りを楽しんだこともある場所。ドラマ「チャングムの誓い」でチャングムが散策したそうな。奥の建物が芙蓉亭。
暎花堂(ヨンファダン)
 元々は王の休憩場所で、詩を詠んだりした場所。第22代王、正祖(チョンジョ)の時代からは、なんと科挙の試験場として使用されたそうです。
金馬門
風景

 なお、昌徳宮(チャンドックン)には日本語、韓国語、英語それぞれのガイドによるツアー時間でないと入ることが出来ません。予約等は不要ですが、あらかじめツアー開始時間をガイドブックで確認されることをオススメします。

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