150形蒸気機関車(1号機関車)【国重要文化財/鉄道記念物】
交通博物館時代からお馴染みの車両。日本で鉄道が開業した際、最初に用意された10両の蒸気機関車のうちの1両。イギリスのバルカン・ファウンドリー社製で、新橋〜横浜の約29kmをを53分で結びました。
1911(明治44)に九州の島原鉄道へ売却されましたが、1936(昭和11)年に交通博物館に譲渡されました。
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再現された新橋駅
1号機関車の脇は、開業当時の新橋駅の風景が再現されています。
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1号機関車運転台
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明治期の客車(復元)
1号機関車に連結されている3等客車。
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開業当時の客車(復元)
上に乗っているのはリアルな人5形。油灯ランプを挿入する様子が再現されています。自然に動くので一瞬驚きます・・。
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開業当時の客車(復元)
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佐賀藩精錬方製造蒸気車雛形(複製)
1855(安政2)年、佐賀藩の中村奇輔らが製作した模型の蒸気機関車。
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ペリーが献上した蒸気車模型
1854(嘉永7)年2月、ペリーが2度目の来日をしたときに幕府に献上した蒸気車の模型。電信機や時計など、ほかの持参物と共に、優れた技術が欧米にあることを示し、交渉を優位に進めようと考えたそうな。
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7100形蒸気機関車
7101号機「弁慶」【鉄道記念物】
1880(明治13)年、北海道初の鉄道路線である幌内鉄道の手宮〜札幌が開業するのに伴い、アメリカから輸入した8両の蒸気機関車のうちの1両。アメリカンスタイルのデザインが特徴です。
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開拓使号客車
コトク5010 【鉄道記念物】
幌内鉄道開業時に使用された客車で、アメリカのハーラン・アンド・ホリングワークス社で製造されました。なんと革製の内装、転換クロスシート、水洗洋式トイレを備えた超豪華な車両で、明治天皇も使用されたことがあります。
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デ963形電車
デ968(松本電気鉄道ハニフ1)
日本初の電車のうちの1両。1904(明治37)年に甲武鉄道(現、JR中央線)飯田町〜中野で電車運転を始めたときに投入された車両で、当時はハ9号と呼ばれていました。国有化された後は鉄道院の車両として活躍し、明治43年に称号改正によってデ963形デ968号と改称。のち、電車としての設備を取り外し、信濃鉄道(現、JR大糸線)、松本電鉄で活躍し、長らく松本電鉄が保存して来ました。鉄道博物館では晩年の姿のまま、展示しています。
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1290形蒸気機関車
1292号機「善光」【鉄道記念物】
1883(明治16)年7月、日本鉄道が上野〜熊谷で開業しました。このときに投入された蒸気機関車で、イギリスのマニングウォードル社で製造されました。名称の由来は、現在の埼玉県川口市の善行寺裏手の荒川から陸揚げされたことから。
日本鉄道は日本初の私鉄で、岩倉具視をはじめとする華族が中心となって発足しました。現在の東北本線(上野〜青森)、高崎線、常磐線などを開業させ、1906年に国有化されました。
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松山人車軌道の人車
初期の鉄道車両の一形態として展示。人が車両を押して運行するものもあったわけです。
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9850形蒸気機関車
9856号機
1913(大正2)年、ドイツのヘンシェル社製。現在の御殿場線(当時は東海道本線)などで活躍し、同機は。交通博物館時代と同様、車体が切開されて、特徴的なマレー式と呼ばれる構造が見られるようになっています。マレー式の詳細は、ぜひ実物を見て面白さ(?)を堪能してください。
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ED40形直流電気機関車
EF40 10 【準鉄道記念物】
1919(大正8)年から製造された電気機関車ED40。今は無き信越本線の横川〜軽井沢間の難所、碓氷峠を登るための牽引機で、当時採用されていたアプト式に対応した構造です。
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ED40形直流電気機関車
EF40 10 【準鉄道記念物】
展示されている10号機は1921(大正10)年製。約23年間、碓氷峠で活躍した後、東武鉄道に売却。引退後は国鉄に寄贈され、大宮工場で保管されてきました。
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アプト式車両の模型
ED40など、アプト式の機関車を展示しています。
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ED40底面
アプト式の特徴は、真ん中にラックレールをかませて、ガッチリとくっついて運転を行うこと。これによって、車両が苦手な急な坂を登っていくことが可能になります。
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大正時代の三等客車
その一部をモックアップで再現しています。
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国鉄バス第1号車 【鉄道記念物】
1930(昭和5)年12月20日に、愛知県の岡崎〜多治見で運航を開始した省営乗合自動車の第1号車(*省=鉄道省。後の国鉄)。現存するわが国最古の国産バスです。
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ナデ6110形電車
ナデ6141 【鉄道記念物】
1914(大正3)年製。現存では、わが国最古の国産ボギー式木造電車で、当時としては大型の全長16m。屋根上にはプラスとマイナスの2本のトロリーポールを持っており、鉄道博物館ではその様子を写真のように解り易く示しています。
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ナデ6110形電車
ナデ6141 【鉄道記念物】
中央線や山手線で活躍し、1972年国鉄大井工場で復元されて保管されてきました。
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ナデ6110形電車
ナデ6141 【鉄道記念物】
車内はロングシートでした。当時の乗客の様子が再現。
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マイテ39形1等展望車
マイテ39 11
1930(昭和5)年製。特急「富士」用に嘆賞した1等客車で、当初はスイテ37001と呼ばれました。戦後は、特急「へいわ」に使用されています。
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再現された東京駅ホーム
マイテ39形付近は、当時の東京駅の風景が再現。
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マイテ39形1等展望車
マイテ39 11
内部の様子。ソファーが設置されていますが、全体的には桃山式と呼ばれる和風の豪華な内装です。
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C51形蒸気機関車
C51 5
1919(大正8)年、国鉄浜松工場製。国産初の2C1(パシフィック)形テンダ機関車18900形(のちC51形)の第1次製造グループの1機。登場時は18904号機を名乗り、東海道本線、山陽本線で活躍。
戦後は奈良機関区に配置され、関西本線、奈良線、さらに伊勢機関区に転属し、参宮線、関西本線で活躍し、引退後は青梅鉄道公園で保存、公開されていました。
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C57形蒸気機関車
C57 135
1940(昭和15)年、三菱重工業神戸造船所製。高崎機関区、小樽築港機関区、岩見沢第一機関区で活躍し、主に北海道を走りぬき、1975(昭和50)年12月14日、国鉄最後の蒸気機関車による定期旅客列車で使用。その後は交通博物館で保存されてきました。鉄道博物館では転車台の上に載っており、非常に目立ちます。
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オハ31形3等客車
オハ31 26
1927(昭和2)年製。国鉄初の半鋼製客車。戦後は青森県の津軽鉄道で活躍し、1983(昭和58)年までストーブ列車などで使用されました。
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オハ31形3等客車
オハ31 26
内部の様子。近年は荒廃も進みかけていただけに、鉄道博物館での保存は非常に喜ばしく意義あることです。
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クモハ40系直流通勤型電車 クモハ40074
1936(昭和11)年製。クモハ40系は1932(昭和7)年に登場した通勤型電車で、国鉄で初めて20m級の車体長となりました。1987年に国府津電車区での職員輸送運用を最後に引退。
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クモハ40系直流通勤型電車 クモハ40074
内部の様子。
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再現された御茶ノ水駅ホーム
クモハ40付近は、かつての御茶ノ水駅を再現。
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キハ41300形気動車 キハ41037(キハ04
8)
1934(昭和9)年製。キハ41300形(のち称号改正でキハ04形)は1932(昭和7)年から製造された、国鉄初の量産型気動車。当初はガソリンエンジンを搭載していました。のち、ディーゼルエンジンに換装され、遠州鉄道(静岡県)、北陸鉄道、筑波鉄道で活躍し、引退後はキハ048保存会が大事に保管してきました。
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キハ41037内部
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キハ41037運転台
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DD13ディーゼル機関車
DD13 1
DD13は1958(昭和23)年から量産が開始されたディーゼル機関車。液体変速式ディーゼル機関車の基礎となった車両で、廃車後は大宮工場(現、大宮総合車両センター)で保管されてきました。
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EF66形直流電気機関車
EF66 11
現在も活躍するEF66は、東海道・山陽本線の貨物列車を1両で100km/hで牽引するために製造された大出力電気機関車。当時としては最大の出力3900kw/hでした。
1966(昭和41)年に試作車が登場し、2年後に量産が開始されました。後にEF66形は寝台特急の先頭にも立ち、2009(平成21)年3月に「富士・はやぶさ」運用を最後として、寝台特急の牽引から引退しました。また、JR貨物が発足してからマイナーチェンジされて投入された車両も存在しています。
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コキ50000形コンテナ車
コキ50000
1971(昭和46)年から量産された貨車で、国際規格の20フィートコンテナを3個積載するために、車体長が19600mmに大型化されています。
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M250系貨物電車(模型)
現在も貨物列車の新しい形として、JR貨物が投入したM250系がNゲージ鉄道模型で展示されています。期待されながらも、意外と本格量産には至らない車両ですが・・・。
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レムフ100000形冷蔵緩急車 レムフ10000
1966(昭和41)年製。10000系は100km/hでの高速輸送にも対応した車両で、このうちレムフ10000形は車掌室付きの冷蔵車として登場。東京〜大阪・北九州の鮮魚特急貨物列車「とびうお」「ぎんりん」などで活躍し、1986(昭和61)年まで活躍しました。冷蔵室の白色に対し、車端部の車掌室が青色に塗られているのも特徴です。
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レムフ100000形冷蔵緩急車 レムフ10000
展示では荷役の風景が再現されています。テレビ朝日の番組【タモリ倶楽部」で、ホリプロマネージャーの南田氏が興奮した車両です(笑)。
なお、冷蔵装置がついているわけではなく、古典的ではありますが、ドライアイスなどを積むことで貨車内を低温にしていました。そのため、冷蔵装置つきの貨車が登場すると引退しました。
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EF58形直流電気機関車
EF58 89
1956(昭和31)年、日立製作所で製造。東海道本線が全線電化するのに伴い、その輸送力増強のために投入された電気機関車で、特急「つばめ」の上り一番列車を牽引しました。1984(昭和59)年に廃車予定でしたが、イベント用車両となり、2003(平成15)年まで活躍しました。
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20系寝台客車
ナハネフ22−1
1958(昭和33)年から製造された20系客車。走るホテルと絶賛されたブルートレインの元祖。EF58などに牽引され、東海道本線の寝台特急「あさかぜ」など、様々な寝台特急や寝台急行に使用されてきました。
写真のナハネフ22−1は1964(昭和39)年製。
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20系寝台客車
ナハネフ22−1 行先・愛称名サボ
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20系寝台客車
ナハネフ22−1内部
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80系直流近郊型電車(模型)
湘南電車として親しまれ、主に東海道本線で活躍した80系の模型。80系は1950(昭和25)年に登場し、それまでの客車による長距離列車に代わり、電車による長距離輸送が可能であることを示し、日本において電車が輸送の主力となる基礎を作り上げました。652両が量産され、1983(昭和58)年に全車が引退しています。
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小田急電鉄3000形(模型)
1957(昭和32)年登場。
通称、”SE”車=Super Express Car。それまでの小田急の特急のイメージを一新させた画期的な車両で、小田急のみならず、国鉄初の電車特急151系「こだま」、そして新幹線の開発に多大なる影響を与えた、日本史に残る車両です。特に、ディスクブレーキを初採用し、さらに製造の年に国鉄と共同して東海道線大船〜沼津間で行われた高速試験で時速145kmを記録し、当時の狭軌鉄道における世界記録を樹立しています。現在、小田急電鉄で1編成が保存。
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0系新幹線電車 21−25
1964(昭和39)年に開業した、東海道新幹線に投入された0系車両の先頭部(カットモデル)。交通博物館での入り口に展示されていたものですが、鉄道博物館では新幹線関連の展示の目玉として、活用されています。
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0系新幹線21形 21−25
行き先のサボも再現。
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再現された新幹線東京駅ホーム下
次々と発着する新幹線の清掃等、メンテナンスは車両基地で行うだけでは足りず、東京駅のホームの下でも次々と行われています。その情景が再現されました。
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0系関連グッズ
0系が登場した頃を中心に、昔の様々な玩具等が展示されています。この中で遊んだことのある商品も多いのでは?
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0系関連新聞
東海道新幹線開業時の新聞や雑誌などが展示。
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東海道新幹線指令室
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東海道新幹線開業時の駅設置の時刻表
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181系直流特急型電車 クハ181−45
1965(昭和40)年製。東海道本線で活躍した、日本初の電車特急151系の出力を20%アップさせたのが181系。上野〜新潟間の特急「とき」などで上越新幹線が開業するまで活躍しました。廃車後は、長らく上沼垂運転区(現、新潟車両センター)でひっそり保存されていましたが、いよいよ鉄道博物館で本格公開です。
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181系直流特急型電車 クハ181−45
車内の様子。
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181系直流特急型電車 クハ181−45
当時の車内販売の雰囲気が再現されています。
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特急「とき」PRポスター
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再現された国鉄時代の新潟駅
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再現された国鉄時代の新潟駅
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再現された国鉄時代の新潟駅
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455系交直流急行型電車 クモハ455−1
1965(昭和40)年製。現在でも北陸などで活躍していますが、直流区間と50Hzの交流電化区間を走行できます。東北本線、常磐線などで活躍し、急行「いわて」「ばんだい」「まつしま」などで活躍しました。
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455系交直流急行型電車 クモハ455−1
国鉄末期からは急行列車の任を解かれ、仙台・福島地区で普通列車として活躍。車内の一部はロングシートに改装されています。展示に当たっては、普通列車時代のままです。なお、この車両は2006年まで訓練車として使用されていました。
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485系交直流特急型電車
クハ481−26/モハ484−61
485系は1964(昭和39)年に登場した交直流特急型電車で(最初に投入されたのは481系と呼ばれるグループ)、特急「雷鳥」(大阪〜富山)、特急「しらさぎ」(名古屋〜富山)でデビューしました。初期に投入された先頭車は、151系を踏襲したボンネット型で、今でも数多くのファンを魅了しています。
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485系交直流特急型電車 クハ481−26
車内の様子。なお、485系は活躍を全国の場に広げ、北海道から九州まで幅広く活躍(四国には臨時列車で入線)。ボンネット型は姉妹系列に当たる489系が急行「能登」(上野〜金沢)で活躍し、現在でもその姿を見ることが出来ます。
また、首都圏では特急「日光」「きぬがわ」でボンネットではありませんが同型車が大改造を受けて運転されています。
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再現された上野駅
在来線の特急、急行が次々と発着した頃の上野駅を再現。なんと駅弁を売っており、485系、455系車内で食べることが出来ます。
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485系+455系
新幹線開業前などを中心に良く見られた光景。
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キハ10系気動車 キハ11 25
キハ11形は1955(昭和30)年から主に寒地向けに製造された気動車で、トイレ付き両運転台車です。国鉄からは1980(昭和55)年に全車が引退しましたが、茨城交通に譲渡されたうちの1両が、鉄道博物館で保存されました。
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455系交直流急行型電車
クハ455−2/モハ454−4
フレンドリートレインとして、屋外に保存。休憩スペースとして活用されています。なお、このクハ455−2はJR発足後にライト周りなどを改造を受けており、ヒストリーゾーン保存のクモハ455とは顔つきが変化しています。
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101系直流通勤型電車 クモハ101−902
1957(昭和32)年製。国鉄新性能電車のさきがけとして製造された101系の試作車で、登場時はモハ90系を名乗りました。
茶色一色だった鉄道車両の世界へ、鮮やかなオレンジ1色で登場した101系は大きなインパクトを世間に与え、さらに、このときに導入された機器類のシステムは、新幹線を含め、その後の電車の基礎となりました。なお、同車は中央線で活躍した後、カナリヤ色となり南武線で活躍し、廃車後は大井工場で保存されていました。
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101系直流通勤型電車 クモハ101−902
当時の通勤風景も再現された車内。
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103系直流通勤型電車 クハ103−713
ラーニングゾーン1階で展示。103系は1963(昭和38)年に誕生した、101系の改良型。山手線のような駅間距離の短い路線での使用を目的として1984(昭和59)年まで3447両が製造。同一系式では日本最高両数を誇り、首都圏からは2006(平成18)年に全車が引退しましたが、現在でも大阪〜和歌山、京都〜奈良などでは主力として活躍しています。
写真の車両は京葉線で活躍を終え。先頭部分8mほどが保存されています。
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103系直流通勤型電車 クハ103−713
内部の様子。最近まで活躍していただけに、シートの色などに記憶がよみがえる人は多いはず。
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ED75形交流電気機関車
ED75 775号機
1963(昭和38)年から302両が量産された電気機関車で、動輪4軸ながら、6軸の直流機並みの粘着性能を有しました。このうち700番台と呼ばれるグループは、耐寒耐雪装備を持ち、羽越・奥羽本線で活躍しました。
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183系直流特急型電車 クハ183−30断面
残念ながら一部だけですが、房総半島で2006年まで活躍した183系0番台先頭車が車両の断面を示すために展示。カットモデルでもいいから、トレインマークなどの参考例として展示して欲しかった・・・。
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200系新幹線電車 222−35
1981(昭和56)年製。1982(昭和57)年に大宮〜盛岡で開業した東北新幹線に投入された初期車両の1両です。
200系は0系新幹線をベースに、交流25000V、50Hzでの走行を可能にし、さらに雪の多い地域を走行するために強固な耐寒・防雪構造を備える一方、アルミ車体の採用による軽量化を実現しました。
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200系新幹線電車 222−35
200系新幹線は床下からの見学が可能。防雪のために、しっかりと収納された機器や、台車などを見ることが出来ます。なお、同車は2005(平成17)年に引退したK31編成の先頭車で、リニューアル工事を受けず、ほぼ原形、原色を守り抜いた車両として人気を集めていました。
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167系急行型電車 クハ167のモックアップ
ノースウイングに展示。交通博物館時代からお馴染み、修学旅行電車167系の先頭車の運転台付近を実物大で再現したものです。
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初代1号御料車【鉄道記念物】
1876(明治9)年に鉄道寮神戸工場で製作。1913(大正2)年に廃車となるまで使われました。全長7.34m。
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初代2号御料車【鉄道記念物】
九州鉄道が1891(明治24)年にドイツのファンデルチーベン社から輸入したもの。1号御料車同様、1913(大正2)年に廃車となるまで使われました。全長8.19m。
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7号御料車 【鉄道記念物】
1914(大正3)年、新橋工場で製造。大正天皇、貞明皇后の御料車として誕生したもので、初めて天皇、皇后両陛下が一緒に乗ることが出来る車両となりました。また、静寂な環境を保つため、登場時は敢えてブレーキ装置を装備しませんでした。金箔を用いた描金(びょうきん)と呼ばれる技法が施されているのが、豪華さをさらに際立たせています。
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8号御料車(一部)
1916(大正5)年製。当時の皇后陛下のお召し用として製造されたもので、1935(昭和10)年まで活躍。女官室部分がカットされ、交通博物館で保存されていました。
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9号御料車 【鉄道記念物】
1914(大正3)年、新橋工場で製造。7号、8号御料車に付随する食堂車で、天皇、皇后両陛下が同乗されることに伴い、食堂室を新たに設置することが求められたことによって、登場した車両です。1935(昭和10)年に廃車となり、一時は交通博物館で展示された後、大井工場で保存されてきました。
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10号御料車 【鉄道記念物】
1922(大正11)年製。展望室、展望デッキを備えた唯一の御料車。さらに、当時としては最大の1200mmの大型の窓を採用しています。また、内部には9脚のソファを備え、歓談に対応するほか、伝統工芸の粋を集めた豪華な内装が特徴。
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12号御料車 【鉄道記念物】
1924(大正13)年、鉄道省大井工場(現、JR東日本東京総合車両センター)で製造。昭和天皇が摂政宮殿下の当時に、その御料車として製造。御料車として最後の木造客車です。1942(昭和17)年に引退しました。
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