第五十九話 未知なる大地へ

 大学三年生の冬。就職活動真っ盛りである。

 全国区の大手企業の会社説明会・面接試験が一段落し、今度は地元の中小企業 の会社説明会がはじまる。

 大手企業の会社説明会会場は、会社本社ではなく交通の便のよい大都市のイベ ントホールを借りて行われるが、 地方の中小企業となると本社の会議室で会社 説明会がおこなわれることが多い。


 浜松のような工業が盛んな町となると、用地の関係から駅の近くではなく郊外 に立地している会社が多く、電車やバスで会社にいくのが難しいケースが多い。今回の話に登場する会社も郊外に立地する会社である。


 ある日の夕方、私のもとに電話がきた。企業ガイダンスでエントリーした会社 の採用担当者からであった。今度、会社説明会があるからどうか? というものであった。日程があったので私は即オッケーをだした。会社説明会の会場は本社だという。


 場所わかりますか?
 と聞かれたので、よくわかりませんが調べていきますと 伝えると、採用担当者は、あなたはどこに住んでいますか? と聞いてきた。 住んでいる町名を伝えると・・・。

「ああ、そこからなら環状線をまっすぐ北に進んで、突きあたりを・・・。」

 と、採用担当者は私の自宅から自分の会社までの道を親切にも口頭で説明をはじめてくれたのだ。さすがに運送会社だけあって浜松市内の交通網は熟知してい るんだなあと感心した(上から発言すいません)。


 私は環状線はピンとくるのだが、環状線をどこまでも進んでいったことはな い。以前、免許を取りに行くときに 環状線を途中まで進んだことはあるのだ が・・・。取りあえず、会社説明会の前に一度様子を見に行こうと思い、採用担当者には

「わかりました。ありがとうございます。」

と伝えた。


 電話を頂いてから数日後。私は原付にまたがり会社を確かめにいった。バイク のシートには免許センターでも らった静岡県の地図を忍ばせておいた。もちろ ん事前に地図を見てなんとなくのメドはつけてある。


 まず、環状線をまっすぐと北に進む。以前、免許センターに行った時は途中で 左折したが、今回は左折せずに まっすぐ進む。片側二車線の道路はある所を境 に片側一車線の道へとかわる。「浜松環状線」と呼ばれているこの道路だが、こ の頃はまだ環状 にはなっていなかった。


 免許センターへ行った時も初めての体験で心が躍ったが、今回も心が躍るのが よくわかった。未知の道を天竜川 の堤防を目指してひたすらに進む。交差点の 名前も見たこともない町名ばかりだ。


 天竜川の堤防・・・天竜川を渡ると磐田市になる。磐田市はジュビロ磐田の本 拠地であり、楽器で有名なヤマ ハ、オートバイで有名なヤマハ発動機がある。 古くは遠州の国府や国分寺がおかれた地である。ちなみに、武田信玄と徳川家康 が戦った三方ヶ 原の戦いの前に、本多忠勝が偵察を行った一言坂は磐田市にある。


 話がそれてしまったが、天竜川の堤防の上には浜松側にも磐田側にも、南北に 走る道路がある。この道路は歩行者が横断することがまずないため、信号は天 竜川にかかる橋のある東西の道路にぶつかるところにしかない。その為、どの車 もかなりのスピードを出して走っている。トラッ クも随分走っているのが、決 して道幅は広くなく、歩行者を想定した道ではないため路肩はほとんどない。


 法定速度30キロ、最高速度60キロの原付でこの道を走るのは正直怖い。しかも、堤防の上なので横風も激しい。堤防の内側の下道を進む方法もあるが、道が入りくんでいるので上手く目的地 にいけるかわからない。採用担当者の話は堤防を北上することを前提としていた。


 ここまで来て引き返すわけにもいかない。エイヤーという思いで堤防の道路に 入った。反対車線をトラックが走ると強い風圧を受けてヒヤッとす るが、途中 でおりることもできない。ひたすらに北上する。


 し ばらく進むと左手側にその会社の看板が見えてきた。堤防の上を走っている ので遠目からでも看板はよく見えた。

 私は堤防から降り、会社の正面の入口を確認した。さすがに私服で中に入るわ けにもいかなかったので、会社の場所を確認して帰路についた。帰 りは堤防か ら帰らずに市街を走って帰った。家に帰るのであれば、南西にひたすらに走って いけばいいだけだ。


 免許センター以来の遠出であった。だが、私は原付で未知の地へ遠出すること が楽しくなってきていた。

 ちなみに、この会社に会社説明会に行く際にとんでもない目にあうのだが、そ れはまた次のお話。


棒