○10月5日(月)
 有給休暇を取得しているため、月曜日も休み。親父の出勤に同行するという、おそらく幼稚園児のとき以来の経験をした後、広島電鉄の袋町電停にいたところ、上写真・・・の後方に気になる車両が!

 そう!広島電鉄に1両しか存在しない602号。元々は西日本鉄道北九州線500形で、朝ラッシュ時などにしか動いていないため、これだけ広島にいながら一度も撮影したことがありませんでした。とうとう撮影することが出来て感無量。

 その後、なぜか広島駅に行く電車が全然来ないため、図らずも路面電車の撮影に興じることに。こちらは5100形広島観光インフォメーション電車。これもこれで、レアな車両なので少し嬉しい。

 もと神戸市電の1156号。こっちもレアな車両ですが、何故か私はしょっちゅう見かけています。

 いつの間にか大幅に数を減らしてきた、この塗装の車両。350形にもずっと活躍していただきたいですね。

 旧型車では最大勢力の1900形。おなじみ、もと京都市電の車両です。

 大坂市電の生き残りである750形。考えてみれば神戸、京都、大阪の各市電が広島で見られるとは・・・不思議。

 で、ようやく広島駅に到着。5000形グリーンムーバーを撮影。

 西鉄福岡市内線の車両だった3000形。

 広島駅では(何度も撮影していますけど)103系を撮影。当たり前のように見られていましたが、新型車両が登場したわけでもないのに、同じ国鉄型の113系に置き換えられているため、いつの間にか勢力が激減しています。言い方は悪いですが、老朽車両を老朽車両で駆逐しているとは・・・。

 この日は運よく、2本連続で見られましたが、撮影される方はお早めに。

 本来であれば、どこか観光地に寄りつつ帰路につくところですが、中学・高校時代を過ごした徳山(現、周南市)に住む友人(♀)から、半年振りにメールが来て、呼び出されたので西へと向かいます。100系新幹線も先が見えてきたので、徳山駅にて撮影・・・。

 集合時刻まで少し時間があったので、市役所近くのこちらを撮影。

 面倒なので看板の説明でごまかしますが、要するに先日アップした日本史の内容に密接に関係するもの。学生時代は、これを見ても感慨は少なかったですが、いざ自分が彼のことを多少ながら書いてみると、「当時、どんな思いで幽閉されていたのだろう?」と色々思いを馳せることに。

 さらに近くにある児玉神社にも行ってみることに。この地で生まれ、日露戦争で活躍した明治時代の軍人・児玉源太郎を祀った神社です。・・・と、ちなみに今調べていて思い出したのですが、現在私が住んでいる藤沢市の江ノ島にも児玉神社があり、やはり児玉源太郎を祀っています。う〜ん、藤沢と徳山って、不思議な縁でつながっているのね。

 さて、こちらの石碑は李登輝元総統が記したもの。児玉源太郎は台湾総督として、約9年間にわたって鉄道や上下水道などのインフラ整備を行い、台湾発展の基礎を造った人物でもありました。う〜む、郷土を歩くと未だに色々な発見があるなあ。


 で、この年齢になると、人生の節目を前に、不要と判断された人間関係は後腐れの無い様、その人への美辞麗句を並べながら綺麗に清算されるのね、という個人的には衝撃の、客観的には笑撃の出来事を経験した後、藤沢に帰還。おお、♀怖っ。

 本人は否定していたけど、思わず「それを言うために、わざわざ呼び出したのか」と、普段は温厚な所長さんでも、さすがに発言。この後は感情を必死に押し殺しながら談笑しましたが、天気も良かったし、平成の大修理直前の姫路城を見てくれば良かった・・・。てへ☆

 それにしても、これだけ晩婚化とか非婚化とか、少子化とか言われていますけど、私もちょうど適齢期となる年齢に達したこともあり、私の周りは続々と結婚されていきますね。私も何とかしなきゃなあ・・・と思いつつも、フットワークの軽さが逆に仇となり、日本全国を飛び回っていて、常に予定満載。とても余裕のない今日この頃です。

 酒もタバコもやらず、どう考えても浮気をするタイプでもなく、炊事、掃除、洗濯、全てこなすお得な人間だとは思うのですが(笑)。こんなので宜しければ、誰かいい人紹介してね〜。


○10月4日(日)
 本日は広島にある実家に1泊して、JR山陽本線の横川駅から出発。弊サイトの優秀なスタッフ、こうちゃん所員と列車内で合流して岩国駅へ向かいます。

 岩国駅にいたDE10形。全国各地で見られるDE10形は、数こそ大きくは減らしていないものの、ここにきて国鉄色から塗り換わった車両がかなり増えてきたようです。

 すっかり面目を一新した錦川鉄道の車両が停車中。メインイベントの後に乗車しますが、とりあえずここで撮影。

 そして岩国駅前でkajibooh(カジボー)所員と合流。「お久しぶりです」と、お決まりの所長のつまらないジョークを吐かせていただきました。それにしてもフットワークの軽い所長、こうちゃん所員とも7月に会ったばかりですし、相手がどこに住んでいようが、国内であれば会う頻度はそんなには変わらなかったりして・・・。

 さて、写真は岩国駅前に停車中の「いちすけ号」。山口県岩国市出身である電気工学者にして東芝の実質的な創設者、「日本のエジソン」と呼ばれる藤岡市助博士の偉業にちなみ、明治42年〜昭和4年まで岩国市内を走っていた路面電車をモデルに製作されたそうです。発想は素晴らしいのですが、どうも塗装が派手すぎてレトロな路面電車に見えません。

 それから岩国市出身の漫画家である弘兼憲史さんに因んだ「島耕作」バスもいました。う〜む、ぜひ私も中学・高校時代を過ごした近隣市である山口県周南市で「裏辺金好」バスが走るよう、偉業を達成せねばなりませんな(←バカ)。ま、まあ金さえ出せば、変なデザインではない限りJR山手線にラッピング電車を走らせることは可能ですけど・・・。

 さて、本日のメインイベントである海上自衛隊岩国航空基地に到着。ここで鉄の鳥さん、さらに私は初対面となるSAJI さんや、カジボーさんの知り合いである大学の偉い教授の方と合流。まず目に入ってきたのは、救難飛行艇「US−2」の3号機。

 力強い姿で、とにかく格好いい。災害時にも大活躍してくれることでしょう。

 会場の全景。

 さて、所属機計13機が、次々に編隊飛行を開始します。このあたりのレポートはカジボーさんが後ほど盛大に書いてくれるでしょうから、私の出来の悪い写真は数枚にとどめまして・・・。

 US−1A(89号機)&US−2(2号機)の編隊航過飛行。

 海上自衛隊の電子偵察機EP−3。

 再び地上に目を転じまして、海上自衛隊の所属機以外も展示されていました。どれがなんだか、私にはまだ良く解らないですけど・・・。この辺の見分けがつくようになると、さらに楽しいんでしょうね〜。

 南極輸送支援用ヘリコプターCH−101。これから新「しらせ」で活躍してくれることでしょう。

 個人的に戦闘機の中でも随一のデザインとカラーリングだと思う、F−2戦闘機。ずっとカジボーさんの写真で見ているだけでしたが、とうとう実物と対面できました。

 そして、なんと「こうちゃん」所員が私の分も含めて事前に応募し、抽選を勝ち抜いたヘリコプターMH−53の体験搭乗へ。こうちゃん、貴方は偉い!! おかげさまで、生まれて初めてヘリコプター、しかも軍用ヘリに乗ってしまいました。

 てっきり基地周辺を回るだけだと思っていたのですが・・・。

 なんと、広島や呉、江田島のほうまで行ってくれました。

 海上自衛隊の、やまぎり級練習艦「あさぎり」。まさか上から艦船を撮影する日が来るとは・・・。

 写真左側が宮島。厳島神社のある場所の裏側に近いようなところを航行したので、残念ながら神社を上から見ることまでは不可能でした。

 ちょっとブレてしまいましたが、広島市の全景。こうやってみると、埋め立てで都市を広げてきたのが良く解ります。大地震の時は大丈夫でしょうか・・・。

 こちらも奥が広島市。下は牡蠣(かき)の養殖の風景でしょうか。

 そして呉市上空。こちらはバッチリと決まってくれました。いやはや・・・見事なまでの軍港都市といった雰囲気。工場群のふるさとあいまって、なんか少し前の時代にタイムスリップしたような雰囲気も・・・。

 途中からは自分がどの辺りにいるのか・・・解らなくなって来ましたが、興奮状態は続きます。

 そして楽しい時間はあっという間に経過し、カジボーさんと合流。やはり体験搭乗で基地に戻ってきたUS−1を撮影。これをもちまして、突然体験搭乗が出来ることになった鉄の鳥さんを残したまま、我々は岩国航空基地を後にしました。

 そしてJR岩徳線で岩国駅の隣、西岩国駅へ。

 この美しい駅舎を、ぜひカジボーさんに御紹介したかった次第。錦帯橋を模したアーチ部分などが特徴で、旧市街地に近い場所に開業したため、当初は岩国駅を名乗っていました。

 改札口の様子。

 駅舎の裏側。

 そして後続の錦川鉄道の列車に乗り、錦町駅へ向かいます。岩徳線の列車より遥かに豪華な設備でした。もちろん、他の第三セクターの同タイプの車両よりも設備が整っていて、驚き。

 遠く岩国城を眺め・・・。

 川西駅の先で、岩徳線と分岐します。我々の列車は右へ・・・。

 山陽新幹線の新岩国駅と隠れた連絡駅(?)となっている御庄駅。もっとも、接続ダイヤが悪い・・・。

 この時期の錦川鉄道の風景は素晴らしい。田園地帯も、まさに収穫の直前で黄金色でした。

 基本的に錦川に沿って進むのが特徴。路線名である「錦川清流線」は伊達じゃありません。

 錦町駅にて、カジボーさんと記念撮影。毎度おなじみ、所員に強制されるポーズ・・・。スミマセン。

 さて、終着駅の錦町駅の様子。もう日もだいぶ暮れてきました。

 同じく錦町駅。

 ここから先、未成線の路盤を利用した「とことこトレイン」が運転されています。今年の9月からは、愛・地球博で使用されたグローバルトラムという電気自動車を導入し、一新されています。

 こちらが発着場と、その先のトンネルの様子。

 最後に、錦町駅近くの鉄道橋梁を撮影。岩国駅へ戻り解散となりましたが、最高の一日でございました。

○10月3日(土)
 どうも、所長です。本当は旅行を自粛して、そろそろ貯金を倍増するべきだと頭では思っているのですが・・・。
 ともあれ羽田空港第2ターミナルであります。


 お気に入りなのが、第2ターミナル出発ゲートラウンジ内にある「ねんりん家カフェ」。温かいバームクーヘンをいただけるのが特徴で、とにかく柔らかく香りが良いのは最高!!

 そして到着したのが博多駅。東京からだと、下手な場所よりも福岡県のほうが非常に近い。飛行機の威力、恐るべしです。そして博多駅の工事はここまで進んでおりました。どんな感じに生まれ変わるのか、楽しみですね。

 続いて何となくJR九州の列車を撮影すべく、デュークさんのページで紹介されていた竹下駅へ。
 まずは787系特急「リレーつばめ」。


 こちらは特急「ゆふいんの森」。

 ここで偶然にもkajiboohさんからメールが入り、竹下駅で撮影していますと返信したところ、偶然にもすぐ近くを仕事で外回り中とのこと。ちょっとの間でしたが、談笑しながら貨物列車を撮影させていただきました。kajiboohさんとは、翌日の岩国でご一緒させていただきます。

 そして今回福岡県に上陸した目的の1つである、JR折尾駅へ。
 3回目の訪問ですが、近いうちに(一部は保存かレプリカになった上で)取り壊されるとのこと。あまり注目されていませんが、門司港駅と同じ世代のレトロ駅舎と、レトロなホーム、そして日本初の立体交差ホームを堪能すべく、本格的に撮影することにしました。博多駅より特急「ソニック」に乗って到着。


 筑豊本線(福北ゆたか線・若松線)ホームと、後方を横断するのが鹿児島本線の高架ホーム。

 時代を感じさせるトイレ周辺。

 そして歩道橋より駅舎を撮影。

 場所を変えて、今度は堀川側から撮影。

 こちらは駅舎内部。

 駅ホーム内のレンガ通路。ほかにも大量に撮影しましたが、これについては後日ご紹介します。

 そして小倉駅へ行き、下関へ向かいます。

 駅前に到着したところ、ロンドンバスが停車中。下関市役所によりますと、JR下関駅から、レトロ建築が残る「唐戸」と壇之浦古戦場を望む「御裳川(みもすそ川)」を経由し、関門海峡沿いを城下町長府を結んでいるのだとか。レトロ地区は解りますが、城下町の長府にロンドンバス・・・?と、突っ込んではいけませんね。

 面白い観光振興であるのは間違いなく、また実際に良い目の保養になりました。

 駅舎が焼失してから再建する気配の無い下関駅。とにかく少数の例外を除けば、地方の駅舎に関しては、やる気が全く感じられないJR西日本。10年後、20年後も、こんな感じのままのような気がします。

 その意味では、JR西日本が「高速道路1000円が経営に・・・」なんて言うのは、個人的には笑い話に近いわけで、地域の顔となる商業施設でもいいですし、旅情を誘うような雰囲気の良い駅でもいいですし、攻めの経営に転じないものでしょうか。

 そして唐戸地区へ。手前のレトロ建築が旧秋田商会ビル、奥が下関南部町郵便局(国内最古の現役郵便局)。ここで母親と妹と合流します。

 向かった先が、今回初めての訪問となる唐戸市場。

 御覧ください、この雰囲気! 所狭しと、寿司や鮮魚を売っております。もちろん寿司を買いましたが、本当にネタが分厚くて、シャリからはみ出しているものが多数。非常に美味でございました。また、下関なのでフグのから揚げなども多数売ってます。

 続きまして、そのすぐ近くにある「しものせき水族館 海響館」へ。

 新江ノ島水族館などと比べると、多少は規模の面で見劣りしますが、非常に凝った水族館で、写真では解りにくいですけど、関門海峡潮流水槽は圧巻。関門海峡の環境を再現すべく、世界で初めて水槽の中に渦を起こしています。そして、御覧のように本当に関門海峡の景色をバックに、一体化しています。

 こちらはフエダイ。

 下関らしく、トラフグも展示。

 ホースシューレザージャケット。体の色もすごいですが、名前もすごい・・・。

 こちらはモヨウフグ。とにかくフグに関する展示が超絶に充実しています。

 マンボウ!
 ・・・で、でけぇ。そして、なんとも不思議な体つき。


 一方、すごく小さなメコンフグ。

 この日はアシカのアクアシアターが開催されており、カリフォルニアアシカによるショーが開催。コミカルな動きがすごく・・・。

 こんな動きや・・・。

 こんな動きも・・・。そして、出番の無いイルカが、とにかく出番をほしがっているのが面白い。

 勝手にステージに上がってくる始末・・・。

 最後の最後で、ちょっとだけこんなシーンを共演してました。

 終わりに、下関駅の近くに「白石正一郎」邸跡の文字が見えたので訪問。白石正一郎は幕末、高杉晋作率いる奇兵隊を、資金面でとことん支えた豪商です。それにしても、なんか周辺が薄暗くて不気味な感じ・・・。さっさと退散することにしました。

○10月3日(土)*おまけ
 ちょっと宣伝、というわけで9月〜10月に発売される裏辺研究所写真協力の本について。
 上左から順番に朝日新聞出版の週刊「歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR」12 函館本線 江差線・海峡線にて、1枚だけデュークさんの789系の写真が使用。また、同じく13 北陸本線では私が撮影した、歴代「雷鳥」の並びの写真が1枚使用されています。まあ、この2冊は少しだけの活躍ですが・・・。

 一方で彩図社の「日本の名城 99の謎」は3分の1以上の写真が私の撮影(鳥取城の写真だけはデュークさん)。さらに東京書籍の鉄道手帳「東日本編」「西日本編」(監修:今尾恵介)は、写真がものすごい量なのが特徴ですが、やはり3分の1ぐらいは私、デュークさん、グロッグフロッグさん、リンさんの写真で占められています。

 いずれも内容が非常に面白い本ですので、書店やコンビニに並びましたら、是非お手に取ってください。
 さて・・・これから福岡県、山口県に出かけてまいります。



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