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○2月26(金)〜27日(土)
 毎週、毎週よくもまあ・・・、というわけで今週末は北陸旅行。グロッグフロッグ所員と、京都から遊びに来ておりましたZenigata所員という、裏辺研究所の中でも特に若手の所員(スタッフ)2名が同行者です。まずは上野駅に着いたところで、寝台特急「北斗星」を撮影。発車までの時間が無かったため、牽引機までは撮影できませんでした。

 あまり「フレッシュ」じゃない、651系による特急「フレッシュひたち」。

 さらに、489系による特急「ホームライナー古河3号」を撮影。Zenigata所員が貸してくださった三脚のお陰で、ブレずに写真が撮れたのは大収穫。やはり私も買うべきか・・・。ちなみに、ここで鉄道ファンの小学生と仲良くなった所長一行。なんと急行「能登」で、金沢まで母親と行くというので、翌朝まで一緒に行動することになりました(夜間については座席は別でしたが)。

 こちらは寝台特急「あけぼの」。今日は満席とのことで、需要が旺盛なのは嬉しいこと。しかし車両の老朽化は著しく、東北新幹線の新青森開業後はどうなるのか・・・?

 さて寝台特急「あけぼの」、この日の牽引機は、茶色のEF64 37号機でした。

 続いて寝台特急「北陸」が出発。3月改正で、ついに引退を迎えてしまいます。多くの人が撮影に訪れていましたが、目立った混乱はありませんでした。

 こちらは客車側。北陸に向かう際には急行「能登」利用が多かったため、ついに「北陸」は一度も使わずじまい。う〜ん、残念。

 続いてホームライナー運用を終えた489系が上野駅へ帰還。引き続き「能登」運用に就きますが、こんな方向幕も入っていました。

 何度もお世話になった急行「能登」。3月改正後も、何だかんだ本数はかなり残存しますが、489系ボンネット型での運転は見られなくなることでしょう。では、3人で乗り込み金沢へ向かいます。

 そして金沢駅へ到着(早ッ!)。降りた乗客たちによる撮影会状態でした。

 私といえば「能登」の撮影は早々に切り上げ、先に到着している寝台特急「北陸」の撮影へ。EF81形が牽引している姿は撮影したことが無かったので、廃止を目前にしてようやく撮影できました。

 この後は金沢駅にてしばらく撮影に興じます。まずは北越急行所属の681系による特急「はくたか」。

 こちらは京都総合車両所の485系A7編成から引き抜いたクハ489形を組み込むA4編成による、特急「雷鳥」。

 特異な形状でお馴染み419系。3月改正で521系が投入された後の動向が注目されます。

 415系七尾線色。この列車は北陸本線の松任駅までの運用でした。

 こちらは寝台特急「北陸」の回送。撮影者は我々3人+例の小学生+1〜2名いたかどうか、程度。ヘッドマークが付くか付かないかで、こうも撮影者の数が異なるとは。

 こちらはグロッグフロッグさん推薦の、クハ455形700番台を組み込んだ413系。このクハ455形700番台は、サハ455形を先頭車化改造したもので、クハ455−701と702の2両しかいません(写真は701)。そもそも413系自体が、余剰となった急行型車両の部品を再利用し、通勤・通学輸送にも対応した構造へ更新したものですが、なぜかクハ455形700番台は中途半端な改造で終了。たった2両、413系に組み込む時に、何故同じスタイルにしなかったのか?

 そんな姿にされてから、約25年も活躍中。グロッグフロッグさん、確かに面白いですナ、これ。


 さて、ここで一旦改札に出ますと、改札前で急行「能登」と寝台特急「北陸」のパネル展示が行われていました。やはり、このスタイルが消えてしまうのは惜しい・・・と思うと同時に、「能登」については週末中心になるとはいえ、今後も485系で運転が続く以上、あまり廃止を強調しすぎると・・・?

 こちらは寝台特急「北陸」の展示。

 さらに金沢駅のシンボルである鼓門を撮影。

 地下コンコースに下りて、北陸鉄道を撮影し・・・。

 金沢に関する古い写真や、LRT導入に関する写真パネルが多数展示されていたので、じっくり見学。こちら、なんと昭和38年ごろの金沢駅の様子だそうです。

 現状は、こんな感じ。住宅群は姿を消し、すっかりビルばかりになってしまいました。左にある北國銀行&金沢都ホテルが、先ほどの写真で東芝と宣伝のあるビルで、まさに金沢都ホテルが開業した直後のようです。

 再び金沢駅に戻りまして、クハ481形300番台を金沢方先頭車にした485系特急「雷鳥」や・・・。

 681系特急「サンダーバード」に・・・。

 意外にも初めての撮影となった、北越急行の683系による特急「はくたか」を撮影。では、これに乗車して一気に糸魚川へ戻ります。

 糸魚川では、定期運用を終えるキハ52形と、北陸新幹線糸魚川駅の建設に伴い姿を消すレンガ車庫の撮影会を実施。今回の旅行の目的は、実はこれの撮影がメインだったのですが、なんと日中の大糸線にはキハ58系国鉄色(富山地域鉄道部富山運転センター所属)が充当されていることを確認。これは乗るしかないでしょう、ということで乗車します。

 ここまで殆ど雪を見ていませんでしたが、さすがに大糸線内は雪化粧していました。そして、キハ58系のエンジンから来る心地よい振動で、能登ではあまり眠れなかった所長&Zenigataコンビはウトウト・・・。

 そして南小谷駅に到着。E257系特急「あずさ」とも並んでくれましたが、我々が乗るキハ58系は、僅か3分の停車時間で折り返していくため、ロクに撮影する間もなく車内に引き返さざるを得ませんでした。

 今度は眠気もバッチリ解消しており、雪景色を堪能しながら糸魚川駅に帰還。それにしても、沿線の人出も凄いもので、寒い中で多くのファンが大糸線に押し寄せていました。

 そして本命のキハ52形+レンガ車庫の撮影会を見学。歴史を刻んできた重厚なレンガ車庫とキハ52形の組み合わせは、本当に良い味を出してくれています。このようなイベントを企画してくれたJR西日本に感謝。そして、キハ52形については、写真右の車両が津山で保存されることになりましたが、この解体されるレンガ車庫についても、つい先ほど活用について方針が打ち出され、
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/niigata/news/20100226-OYT8T00169.htm
 列車出入り口面と、南側の側面の一部が保存されることになりました。本来は全面保存が望ましいですが、さすがに車庫としての使い道が無い以上は厳しい話。熊本のレンガ車庫は新幹線建設のため、跡形も無く解体されただけに、これだけでも十分嬉しい話です。「壁をモニュメントとして設置するのではなく、情報発信に活用できるよう(以下略)」という、市長の発言にも期待したいです。

 カットモデルでもいいので、キハ52形を展示してみては如何でしょうか?


 ちなみに糸魚川駅構内には、既に後継車両であるキハ120形が停泊中。今のところ津山線色のようですが、運用開始後のカラーリングはどうなるでしょう?

 そして、またもや北越急行の683系で富山駅へ。

 413系を撮影し・・・。

 さらに419系も撮影。

 そして、オフ会のために名古屋に向かう、グロッグフロッグさんとはここで別れます。一日お疲れ様でした〜。次は、あの人のライヴでお会いすることになりそうです。

 さて、私とZenigata所員は富山駅前に出て、昨年末に開業した富山地方鉄道のセントラムに乗ります。
 いやはや・・・富山は毎年のように訪問していますけど、これは・・・随分と路面電車も洗練された雰囲気になりますね。


 運転台部分から撮影。新線部分を堪能した後、荒町電停で下車します。乗客はかなりのもので、特に大和百貨店のあるグランドプラザ前では一気に乗客が増えました。

 そして富山城を見学。前回訪問したときには、移築保存の最終段階だった千歳御門も、整備が終わっていました。引き続き城内についても整備が進められるようで、富山市のシンボルとして積極的な活用を期待したいものです。

 そして国際会議場前まで歩き、先ほどの白セントラムに続いて、黒セントラムを撮影。

 歩いて再び荒町電停まで戻り、また黒セントラムを撮影。ギリギリでしたが、こういう荒業も可能です。

 その後続車両が、何ともレトロなデ7000形旧標準色。新旧車両の競演でした。
 後継車両も投入されるようで、これからは姿を減らしていくかもしれませんね。


 残念ながら、今回はセントラムのもう1編成である銀色は撮影できませんでしたが大満足。路面電車で南富山駅まで行き、富山地方鉄道の不二越線・上滝線で、電鉄富山駅に戻ります。

 ・・・1時間に1本の運転でしたが、幸いにも路面電車とは約15分で接続し、モハ10030形に乗車。ああ、良かった。
 おお、そう言えば・・・。結局、これで3週連続で京阪の旧3000系に乗ったことに。


 先週は大井川鐵道の3000系に乗車。

 先々週は本家の京阪で、現在の8000系30番台に乗車。いやはや、バカですね。
 さて、電鉄富山駅でZenigata所員とお別れ。また特急「はくたか」に乗って、越後湯沢より上越新幹線で帰還します。・・・何だかんだ、昨年の8月ぐらいから続きまくっている旅行ラッシュ。来週は友人に誘われ、自動車で白川郷まで行ってきます。

 これが終われば、次は4月17日の急行「第2ひかり」撮影に九州へ行くかどうか。4月の人事異動次第ですが、出来れば撮影に行きたいところ。Kajiboohさん、ネオンさん、デュークさん、御都合がつけば是非。・・・って、自分の都合も解らんので、誘いづらいのが恐縮ですが。
http://www.jrkyushu.co.jp/ooita/pdf/20100225.pdf


○2月20日(土)
 職場の旅行で静岡県熱海市下多賀にある、松風苑という温泉旅館で1泊。ここにある庭園は、先週紹介しました緒方洪庵の門下生で、日本赤十字社の初代社長である佐野常民伯爵の別荘とのこと。朝風呂に浸かった後、同僚と散策してきました。

 河津桜は咲き始めており、思わぬ花見に。

 みかんの一種であるダイダイの実も沢山生ったままで、美味しそう・・・ではありますが、酸味と苦味が強いため食用には向かないとのこと。

 さて、網代からJR伊東線で熱海駅を目指します。E231系かと思いきや、伊豆急の8000系でした。熱海駅からは家に帰る職場の面々とはお別れし(真っ直ぐ家に帰るだけとは勿体無い!)、私は進路を西へ取ります。

 接続が悪かったこともあり、富士駅で後続の列車を待つことに。その間、甲府へ向かう373系特急「ふじかわ」を撮影。静岡方面からやってきた同列車は、ここでスイッチバックして身延線へ入っていきます。

 まだ時間があったため、三島駅へ向かう313系+211系の6両編成を撮影。そして、島田行きの列車に乗り込んで、清水駅で下車します。

 実のところ、静岡鉄道を少し撮影する・・・ぐらいしか今回の旅行の計画は立てていなかったため(最近は、行き当たりばったりが大半)、駅に降りて地図を見ているとフェルケール博物館という文字が。たしか、静岡鉄道の清水市内線の車両が保存されていたはず・・・と思い、結構遠かったのですが、徒歩で延々と歩き到着。

 と、ここで「あ、車両の保存は全然違う場所にある別館であった」と気がつくも手遅れ。このまま引き返すのも勿体無いので、入館します。さて、このフェルケール博物館。フェルケールとはドイツ語で「交通」「交際」を意味する言葉で、付近にある清水港の歴史を中心に、様々な船に関する展示が充実しています。また、廃止された国鉄の清水港線の写真なども展示しており、鉄道ファンでも楽しめる内容。

 お客が自分1人しかいなかったのは、博物館の存続を考える上で不安でしたが、展示内容は非常に充実しています。バスを使えば簡単に着くようなので、清水を訪問されたときには観光されることをオススメします。


 さて、例の保存車両はフェルケール博物館から2km南へ歩いたところにあることが判明。ようやく静岡鉄道モハ65形と対面します。元は西武鉄道新宿軌道線(のち都電杉並線)で活躍した木造ボギー車38号として、1927(昭和2)年に誕生したもの。1936(昭和11)年に静岡鉄道に譲渡され80号車となり、その後、1956(昭和31)年に自社工場で鋼体化改造を受け、65形65号車となりました。

 そして清水市内を走る路面電車として活躍し、1975(昭和50)年の清水市内線の廃線と同時に引退しました。


 さて、この車両が保存されている場所は、1984(昭和59)年に廃止された国鉄清水港線の脇。静岡鉄道モハ65形のほか、清水港線で活躍したスハフ42 2015、清水運送の小型機関車、1974(昭和49)年から翌年にかけて太平洋を横断したヨット「チェリブラV世号」も一緒に保存されています。あ〜・・・遠かった。

 ちなみに、良く見れば「しずてつジャストライン」三保山の手線の村松バス停から直ぐ。しかも日中でも12分間隔で運転されており、非常に利便性の良い場所でした。フェルケール博物館も、この路線で簡単に行けたようですし、清水駅から、さっさとこれに乗って来ればよかった・・・。

 ところで、この
「しずてつジャストライン」というバスは、○○系統・・・ではなく、路線名をつけているのが特徴。この方が乗り場案内等が解り易いですね。

 というわけで三保山の手線に乗車すると、静岡鉄道の新清水駅に近づいてきた辺りで、観光施設らしい古い家屋を発見。港橋バス停で下車し、訪問してみます。どうやら、1889(明治19)年に、東海道一の大親分である清水次郎長が清水波止場に開業した船宿「末廣」。船宿廃業後は、ここに移築され住宅として使われていたものを、2001(平成13)年に旧形状に戻す復元したものだそうです。

 さらに清水次郎長の生家もこの近く。途中、立派な木造家屋を見かけましたが、これは現役の一般住宅のよう。末永く使っていただきたいものです。

 そして清水次郎長の生家が・・・え、これ?
 規模が小さいのは、それが事実なのでしょうからともかくとして、アーケードの屋根が無粋に取り付けられており、側面はトタンで味気無い雰囲気に。う〜ん、清水を代表する観光場所として、これはどうなのでしょう・・・。内部は当時のまま保存されており、これはまた後日御紹介したいと思います。


 さて、静岡鉄道の新清水駅に向かう途中に見かけたバス停を撮影。最近、少しずつ増えているタイプですが、風除けを兼ねて側面などに広告を掲載して収益を上げると共に、屋根と車道側にガラス壁を設置したバス停。歩道が広くないと設置は厳しいですが、より公共交通が便利になるためにも、ぜひ全国で普及して欲しいですね。

 ・・・と、ここでTOMOの鉄日誌のTOMOさんより連絡が入り、東京メトロ東西線の新型車両15000系の甲種輸送が本日行われると情報を入手。静岡にいる旨をお伝えしたところ、御親切に静岡駅通過時刻を教えてくださり、行き当たりばったり旅の計画に加えることにしました。とは言え、まだ時間がありますので静岡鉄道へ向かいます。


 では、新清水駅より静岡鉄道の静岡清水線1000系に乗車します。

 静岡鉄道の車庫と工場のある長沼駅まで乗車すると、目に前にはバンダイのプラモデル工場であるバンダイホビーセンターが。アナハイムエレクトロニクス、地球連邦軍のロゴに、ガンダムダブルオーの大きなポスターを掲出していました。

 さて、こちらが静岡鉄道の長沼工場の様子。

 そして3月まで期間限定で運転されている、1000系登場時の姿に戻した編成を撮影。前面や側面に帯は一切無く、スカートも取り付けられていないオリジナルの姿。随分思い切った姿でデビューしたものだと思います。

 さて、未だに訪問したことが無い大井川鐵道に少しは乗っておこう・・・という野望と、東京メトロ15000系の撮影時刻を両立させるべく、選んだ撮影場所は西焼津駅での撮影でした。TOMOさんの情報どおり、牽引機はEF66 54号機でした。白い帯を巻いているのが特徴です。

 まさか思いつきの旅行の中、静岡県内で車両の輸送を撮影するとは思いもしませんでした。TOMOさん、本当に有難うございました。とか言っておきながら、八王子駅で撮影しませんか?という誘いを断って、情報だけ手に入れると言う、恩知らずなことをやってしまいましたが・・・。スミマセン、これで満足したのもさることながら、実のところ、既にお疲れモードです。

 そして金谷駅で下車。で、大井川鐵道に乗り換えようとしたところ、次の列車は30分後。・・・そこで、近くにある旧東海道石畳を歩いてみます。これは1991(平成3)年に地元住民によって復元されたもの。ぬかるむ坂道で、足を滑らせないようにする先人の知恵ですが、これはこれで歩きにくい・・・(笑)。

 そして金谷駅に戻りますが、金谷駅を上から撮影出来る場所があったので、ちょいと撮影。なんか、線路の配線が多少面白い具合になっていますね。

 金谷駅からは京阪電鉄で活躍した3000系に乗車。

  先週は本家の京阪で乗車したばかりで、面白い縁です。・・・来週の北陸旅行では、富山地方鉄道で乗ってやりますか?(笑)

 本当は千頭駅まで行きたかったのは山々ではありますが、東京メトロ15000系を撮影していたこともあり、既に夕方。運転本数の少なさもあり、帰りの時刻を考えると厳しいので、僅か1駅の新金谷駅で下車し、もと近鉄の16000系やC11といった車両群を撮影します。これだけ見ると、なんで近鉄の駅にSLが?といった感じですね。

 動いている姿を見ておきたかったですが、本日のSLは運行終了。また次回、全線で乗ってみたいと思います。

 こちらが新金谷駅の駅舎で、非常にレトロな雰囲気。建築当初は、立派な建物と思われたことでしょう。

 さて、新金谷駅から金谷駅に向かって、旧東海道の大井宿を歩いてみます。デュークさんがブログで公開中の東海道ウォーキングに比べれば、ほぼ宿場町しかめぐらない私はいい加減なものですが・・・。ちなみに、左の佐塚書店が旧佐塚本陣。当時の建物は何一つ残っていませんが、今も昔からの老舗らしい店も存続しているのは喜ばしい限りです。

 金谷駅に戻ると、今度は南海電鉄から譲渡された21001系が停車中でした。しかし、この車両の汚れは何とかならないのでしょうか。先ほどの3000系も塗装が剥げた部分に、また塗装を塗っているような状態でしたし・・・。経営の苦しい地方鉄道ですから、仕方の無い面もあるとは思いますが、やはりイメージ戦略を考えると・・・。

 そして日野に戻るべく、静岡から新幹線で新横浜乗換え。横浜線で八王子駅へ行き、何となく八高線の209系を撮影。あと2時間ほど待てば、東京メトロ15000系が撮影できるのは解っていましたが、やはり真っ直ぐ祖母宅へと帰還いたしました。

 さて、来週はグロッグフロッグ所員、Zenigata所員と行く北陸旅行。・・・大雪で運休なんて状態になると、前提条件が狂ってしまいますが、さてどうなることやら。北陸は何度も行っているので、今回は鉄道メインで攻めるとしませう。


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